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第四百三話_short 悪魔払い

 実家がクリスチャンの私は小さい頃に洗礼を受け、キリスト教信者になった。だが、夫は普通に無神論者で結婚式は教会で挙げたが、親の葬式は仏教だった。キリスト教の本場でなら難しいのであろうが、日本に住む私たちは宗教が違っていても難なく所帯を持つことができたのだ。

 ところが最近になって、夫を無理やりにでもクリスチャンにしなかったことを後悔しはじめている。まだよくは分からないが、夫は悪魔に取り憑かれているのではないかと思うようになったからだ。

 本来夫はとてもやさしくて親切な人のはずだった。ところが去年、会社の人事で業績の悪さを理由に降格させられ、庶務課に配置換えされてしまった頃からおかしくなりはじめた。毎日疲れた顔をして会社から戻ってくると「もう辞めたい、もう辞めたい」とことあるごとに言うようになり、私がなだめてもろくに返事もしない。青白い顔でぎょろっと私を見返すばかりで、今度は「もう生きていたくない」ともっとひどいことを言い出すので、私はもう相手にしないようにしていた。

 するとやがて帰りが遅くなり、深夜に酒臭い息を吐きながら帰るようになった。「どうしたのよ、あなたらしくもない」というと、「うるさい!」と言って寝室にこもってしまう。寝室まで追いかけて、やさしく身体を撫でてやろうとすると、あっちへ行けと突き放される。それでも取りすがると「お前になんかわからない!」といいながら暴れ出す始末だ。

 どうしたらいいものかと悩んだ挙句、実家の両親に電話で話をすると、「それはもしかしたら悪魔憑きかもしれないな」と言い、三日後にはエクソシズムというタイトルの本が送られてきた。

「私の夫に巣食っているおまえは誰だ?」

 眠っている夫の枕元で何度もそう言うと夫は眠ったまま答えた。

「モーモクーロ……」

 こんなに簡単に名前を明かすなんて……案外弱い悪魔なのかも。

「出ていけ。悪魔モーモクーロよ! 夫の身体から出ていけ!」

 翌朝、夫はとてもさわやかな顔になって会社に行った。悪魔払いが成功したのだろうか。

 ところが夜になって何か紙袋を下げて帰ってきた。

「なによそれ」聞くと、「ああ、これ、前から欲しかったんだ。ごめん、買ってしまった」

 アイパッドとかアイポッドとかいう電気の板だ。

「なんでそんなもの買うのよ? いくらしたの?」

「まぁ、いいじゃないか」

 欲しいものを手に入れてしまった夫は何を言ってもニコニコしている。夫が元気になったのならそれもまあいいか、そうも思ったが、いったいお金はどうしたのだろう。 

「どうやって支払ったのよ? あなた、そんなお金ないでしょ?」 

 夫は答えない。私は気がついた。まだ悪魔はいる。夫に向かって言い放った。

「悪魔よ! 出ていけ! 今すぐ夫の身体から出ていけ!」

 夫が身もだえしながら言う。

「な、なんだそれは?」

「言え、どうやって払った? お金はないだろうに。支払いはどうしたのだ? 分割払いか?」

 夫が苦しそうに言った。

「あ、悪魔払いで……」 

                      了


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