森絵都さんの直木賞受賞作です。6編の作品が収録されています。 私は表題作の「風に舞いあがるビニールシート」が一番心にずしんときました。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で働く女性、里佳が主人公です。 「世界が今のまま機能しつづけるかぎり、難民は決してこの地球上からいなくならない。いろんな国の難民キャンプで人の命も尊厳もビニールシートみたいに簡単に舞い上がり、飛ばされていく」と、いつ命を落としてもおかしくないフィールド勤務にこだわるエド。 里佳とエド、大切にしたいものがそれぞれにあり、愛し合っているにもかかわらず、溝が深まってしまう。切ない。ニュースなどで耳にする世界の難民問題。頭の片隅にあっても、自分の生活と結びつけて考えることはできませんでした。平和な日本にいてどこか他人事のように思っていました。 感動しました。泣きました。日本にいる限りもし飛ばされても、安全などこかに着地できる。家を焼かれたり、目の前で家族を殺されることもない。平和な生活が当たり前と思っている自分の心に刺さりました。平和は美しく、すばらしいことだと再認識。 知ってはいても自分が向き合わないようにしていた問題、という点では「犬の散歩」も考えさせられました。 捨て犬や迷い犬、飼い主に放棄された犬の収容センターの様子は、幸せに人間のペットとして暮らす犬しか知らない私にはあまりにも辛かったです。 「自分には関係ないと目を背ければすむ、誰かやなにかのために、私はこれまでなにをしたことがあるだろう?」恵利子は犬たちの里親が決まるまでの間のお世話ボランティアをはじめる。 殺処分される犬や猫の問題も「日常の至るところに影を落とす悲劇の一部」なんですよね。「自分に何ができるのかと考えることは、自分の無力さと向き合うこと」という言葉が印象的でした。 「犬などにかまけていなくても世界には食うに困って飢え死にしていく人間だっているのに」という通りすがりの男の言葉がつらい。 恵利子のバイト先の常連で人付き合いが苦手で頑固で高飛車なおじさん、浜尻の優しさなのか気まぐれなのか分からない態度が微笑ましかったです。 「鐘の音」も好きです。ある不空羂索観音像(ふくうけんじゃくかんのんぞう)に魅せられた仏像修復師、潔の話。 不空羂索観音国家鎮護と衆生救済の仏様だそうです。けんじゃくは縄と網のこと。その縄で確実に悩める民衆をすくいあげる、ということだそうです。豪快です。 愛想がなく無口、社交性がない潔。彼とは正反対で明るく社交的な性格の同僚との久しぶりの再会。 四半世紀経って分かった、真実と不思議な運命のめぐり合わせ。ラストはその不思議な空気とともに和やかな気分になりました。この話をきっかけに仏像にちょっと興味を持ちました。 人は歳をとればその分大人になれるわけじゃない。他の作品とはちょっと違った軽快な「ジェネレーションX」も楽しんで読めました。若かった頃の自分と少しずつ決別しつつも、昔の青臭さにどこかで想いを馳せる。人生何が起こるかわからない。最後のオチにちょっと笑った。 色々な人たちのそれぞれの生活、仕事、環境、人生が描かれていました。人にはそれぞれの持ち分がある、と悟って黒子に徹する生き方を選ぶ人。弱さをさらすことができるのも強さだと気づき、目をそむけていた本当の自分と向き合う人。そして最後にはみんな一歩前に進んだ感じ。所々でキラッと輝くような描写がきれいでした。
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