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ヤコブの手紙 1章12~18節

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<わたしの愛する兄弟たち、思い違いをしてはいけません。良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです。(16.17節)> 「試練に耐え忍ぶ人は幸いです。その人は神を愛する人々に約束された命の冠を戴くからです」と今日の箇所は書き出される。ローマは「パンとサーカス」と言われる娯楽とパンによって民衆を引きつけた。勝利した選手には、葉や花で飾られた冠が与えられた。 競技場で人々の歓声が湧き上がる中、誇らしく冠を受ける勇者たち。試練に耐え忍んだ後は、そのような栄光を受けるというのだろうか。答えは否である。主イエスは極悪人と一緒に十字架につけられた。 多くの預言者は悲惨な死を遂げ、パウロもぺトロも惨殺された。誰にも名を知られぬまま死を迎えたキリスト者も多くいた。無念な思いを抱き、家族にも理解されず、自分自身でさえ自分の信仰を確信できないまま殺された人もいるかもしれない。 子どもの死は辛い。どうして…と神に問いかける。精一杯神を信じ、人にも勧め、祈りも欠かさなかったのに…と。神を信じられなくなり、神が自分を愛しておられない。見捨てられたのだと絶望し信頼を失う。Sさんご夫妻は完全に心を閉ざしてしまわれた。周りの者は、ただ祈ることしかできなかった。 「試練を喜びなさい」と勧め、白井牧師がここに記される「人生がうまく行かない原因は、神様ではなく、わたしたち自身の中にあります。14節『人はそれぞれ、自分自身の欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥るのです』。私たちの中にある『欲望』や、自己中心的な思いが私たちを絶望や諦めに追い詰めてゆくのです。」という慰めの言葉は言えなかった。 「子どもを失いたくない」という思いさえ、突き詰めてゆくと、それさえ「欲望」という事になる。神に頂いたのだから、神が必要と思われたらいつでも差し出さなければならない。試練を潜って冠を戴くとはそういうことなのだろうか。 さっき見たBSテレビ「はつらつおばあちゃんが行く!孫たちによりよき世界を」は楽しかった。「不況を克服するにはどうしたらいいの?」という素朴な疑問を胸に、車椅子でアメリカを横断し答えを見つけようとする。90歳のシャーリーとヒンダのドキュメントであった。 彼女たちは、経済や金融の専門家との面会で「いつまで経済成長を続ければいいの?」「ずっと消費しなくてはならないの?」と笑われながら疎まれながら問い続けてゆく。 経済の豊かさが、国の豊かさとして数字が示される。しかし、豊かさの根幹となるものは数字で表すことが出来ない。彼女たちの行動はそのことを訴えていた。 日曜日はお近くの教会で礼拝を http://www1.ocn.ne.jp/~church/japan.htm どなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。Wikipedia

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