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「はい、チーズ」(カート・ヴォネガット・ジュニア)

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カート・ヴォネガット・ジュニアの未発表作品を集めた短篇集。執筆年代は1950年代。なんで未発表だったのかわからないくらいみんな傑作。

はい、チーズ

はい、チーズ

  • 作者: カート ヴォネガット
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2014/07/25
  • メディア: 単行本
 実はヴォネガットはあまり読んでいない。SF作家の中では純文学傾向が強くて、ちょっと取っ付きにくい、と言うかつまらないという印象があった。自分の眼が曇っていたと断ぜざるを得ない。 では各編ごとに内容とコメントを。 「耳の中の親友」  AI付きイヤフォンの大発明。他人の悪口ばかり口汚く言い募り気分を最悪にするという、コミカルにしてブラックな装置の話。人間の醜い面を探す皮肉な面とともに良識的なるものへの希望がにじむ。 「FUBAR」  会社から忘れ去られて閑職に一人ぼっち幽閉状態の社員。そこに配属された新人女性社員(美人)に人生の喜びを与えられる。あり得ないファンタジーのような「いい話」。 「ヒポクリッツ・ジャンクション」  暴風窓のセールスマンがふと立ち寄った家はベストセラー小説を書いた女性と夫との夫婦喧嘩の最中だったが、闖入者のせいで和解という奇妙な展開。オチが効いている。 「エド・ルービーの会員制クラブ」  腐敗した市を牛耳る大物にその殺人の罪を着せられた男の戦い。サスペンスものとして普通。結末は相当ご都合主義的。 「セルマに捧げる歌」  リンカーン高校もの(というシリーズがあるらしい)。天才のIQを持つ生徒と愚鈍な生徒とその恋人のトンマな女生徒。彼女に捧げる愛の歌の作曲をめぐる珍妙にして感動的な展開。 「鏡の間」  催眠術師と刑事との、まさに心理戦。オチはブラックというかホラーっぽい。 「ナイス・リトル・ピープル」  拾ったペーパーナイフ状の物体から現れた男女3人ずつの極小な宇宙人を捕獲し食べ物でもてなす男。これまたラストのどんでん返し的悲劇が強烈。幻覚とも妄想とも取れる。 「ハロー、レッド」  帰郷した男のかつての恋人は別の男と結婚し娘を産んだ後死んでいた。八歳の少女との交流の顛末。真相が明らかになった後の最後の一文が強烈。短篇小説として完璧な出来上がり。 「小さな水の一滴」  プレイボーイの有名バリトン歌手に捨てられた女の復讐の方法。その周到な準備の無意味さが最後のオチにつながって、笑ってしまった。そんな手があったのか! 「化石の蟻」  スターリン時代の炭鉱で発見された中生代以前の高度な文明を持った蟻の化石を検分する研究者兄弟。奇想天外な設定で反スターリン主義の強烈な風刺が展開。 「新聞少年の名誉」  田舎の殺人事件。粗暴・高慢に対する臆病・小心、後者の中で立ち上がる「名誉」というあり方についての含蓄ある、すがすがしいストーリー。 「はい、チーズ」  …と言われて写真を撮られた男が、「壁に猫」という殺人免責手法により、まんまと罠に…。ブラックジョークっぽい話。 「この宇宙の王と女王」  若く美しいが無知で無垢な高校生カップルが垣間見る、悲惨と滑稽の別次元の人生模様。それに触れて一段階成長する物語。 「説明上手」  不妊治療のためはるばる遠方から夫婦が訪れた先の医師は専門医でもない一般の町医者だった。最後に明かされるオチは凄い我、たしかにこれ以上の説明適任者は居ないだろう。後味がいいとは言い難いが。 巻末のシドニー・オフィットによる解説から引用 >人間喜劇と、人間の愚行がもたらす悲劇とを小説の中でこんな風に融合させた作家はほとんど居ない。自分自身を作中に投影する際、これほど率直に愚かしさを認める嗜みを持っている作家となると、さらに数が少ない。
>皮肉の利いた、しばしばはっとさせられる彼の人間観察眼は、人生の道徳的な複雑さを際立たせる。
>(展開における)サプライズの要素は、……パラドックスを表現する役割を果たして……解決のサプライズが物語をひっくりかえし、別の意味を与える。
 いちいち頷ける。

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