人間でも動物でも長い年月の末、身体の他の部位に支障が出るのと同じように脳が弱ってしまうことがある。それがたとえば認知症だ。長生きすれば誰にでも起きうること。
認知症になっても部屋でおとなしく過ごすような病なら介護人の手を煩わすだけで済むのだが、厄介なのは身体はいたって丈夫な認知症者だ。
太郎も若い頃はその元気な身体で世の中のために働き、人々に感謝されるような存在だった。彼がいなければ今頃世界はどうなっていたかわからないと言っても過言ではないだろう。私のみならずそれは世間が認めるはずだ。
しかしそんな超人的な太郎であってもよる年波には勝てないと言うのも事実だ。
太郎はあれから四十年が過ぎて還暦も終える頃になって、こともあろうに認知症が現れはじめた。
最初は徘徊するなど想像もしていなかったが、ある日私が家に帰ってみると太郎の姿がない。どこにいったのかと思って家じゅうを探していると、外が騒がしい。サイレンはなっているわ、上空を戦闘機が飛んでいくわ、いったい何事かとテレビをつけてみると、臨時ニュースが流れていて、そこに太郎の姿があった。
かつて太郎が出演していた番組の再放送かと思ったがそうではないようだ。リアルタイムな映像だった。
太郎が街をゆっくりと歩き、ときには躓く。その度に家やビルがぶっ壊されていく。そうなのだ。太郎は意味もなく大きな身体になって街を徘徊しているのだ。
かつては闘うために巨大化していたのだけれども、いまはただただ街を徘徊するために、いや街をぶっ壊すために巨大化してしまっている。
困ったものだ。 徘徊老人がしでかした損壊は、介護者が賠償しなければならないと聞いた。
こんなに派手に街中をぶっ壊されては、私のような貧乏人に賠償ができるはずがない。ささやかに入っている保険などで賄えるはずもなく、いったいどうしたものかと私は頭を抱え込んだ。
他の兄弟たちはまだ誰も認知症だの他の病気にかかったという話は聞いたこともない。兄弟の中でも歳若い部類の太郎がこんなことになるなんて。
私はもう一度テレビのニュースを見た。全身銀色に輝く太郎の姿が依然映っており、ビルを壊しながら徘徊している。
おーい、早く帰ってこい!
私は心の中で叫ぶ。
なにしてるんだ、世間に顔向けできないぞ! 帰ってくるんだ、ウルトラマン太郎!
了
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