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第三百八十七話_short うつろうとき

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 季節が変わると衣服を入れ替えるという仕事が待っている。中秋と初夏の二回、人々がそれを行うのと同じ時期に私も衣替えを行う。

 もっと広い家で部屋がいや収納室がたくさんあれば、季節ごとにしまっておくだけで入れ替えなど済むのにと思うのだが、残念ながら私たちのような中流家庭ではそうはいかない。ダイニング以外には三部屋しかない居室のそれぞれにしつらえられている収納と、室内に置いている箪笥やワードローブの中身を入れ替える必要があるのだ。

 春には夏服を出して箪笥に収め冬服を押し入れに収納する。秋にはその反対。

 毎回思うのだけれども、入れ返している服のうち、実際に着用しているのはその半分くらいで、残りは入れ替えて出しても、結局着ないまま次の季節がくるとまた収納してしまう。もう捨ててしまえば? そうも思うけれども、いつかまた必要なこともあるのではないかという貧乏性や、衣服に染み付いている想い出などが邪魔して、まあもうワンシーズン保管しておこう等と考えてしまうのである。

 今回もそのような思いでいっぱいになりながら衣服を入れ替える。

 ああ、この服は若い頃にあの人と出会ったときに着ていたわ。このしっかりした生地のは高かった。自分の衣服のほとんどはそういった気持がいっぱい詰まっていて捨てられない。あの人の服は……私自身の気持ちが染み付いているものはそうはない。初デートのときにつけていたネクタイやデート中に喧嘩したときのスーツ、新婚旅行であの人が着ていたポロシャツ……そのくらいだ。むしろあの人の服を捨てられないのは、もしやまた着ることがあるのではないか、あの人が着るかもしれない、そんな気持ちの方が大きいのだ。

 自分のではない大きめのシャツやズボンを箪笥から出して押し入れの収納ケースにしまい込む。古びたスーツをワードローブと収納ケースの中身を入れ替える。嵩が大きいので私自身の服よりも大変なのだ。でも文句等言えない。言う相手もいない。

 とても面倒な作業なのだけれども、あの人の衣服に触れ、匂いを嗅ぐと一層さまざまな思いが去来して、思わず手を止めて隣室にある仏壇に目を向けてしまう。ああ、もうすぐ十三回忌なんだわ。あの人の遺影を見ながら何度もそう思う。    

                      了


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