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第九百十二話 かわいいひと

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 ああっ、し、しあわせ! 冷たいのに口の中でとろけるあまーいの、これが大好き。お姉さんが時々お土産 に買ってきてくれるパフェというもの。世の中にこんなに美味しいものはほかにはないのではないかしら。花子はそう思っているらしい。もちろん食べ物以外に も花子が好きなものはいろいろある。たとえば大事なものボックスに入れてあるピンクの貝殻とか、小さな文字盤が可愛い腕時計。ほとんど使わないままにとっ てある赤いマニキュアの小瓶。これは部屋の片隅にある棚の上においてある。棚にはほかにもふわふわした毛質の何かで作られたウサギのぬいぐるみや、きらき ら光る腕輪なんかがきちんと並べられている。とにかく可愛いものが好きなのだ。

 花子が可愛いものばかり集めているのには理由がある。なぜ 可愛いものが好きになったのかはわからないが、可愛いものに囲まれていると、自分もその一部になれるような気がするのだ。女の子はみんな可愛いものが大好 きだ。花子も同じ。同じだけれども、たぶんほかの女の子よりも強い気持ちで可愛いものを愛していると思う。だってそうでもしなければ生きていけないような 気がするんだもの。ほかの女の子はみんなその子自身が可愛いから、モノに頼る必要なんてないじゃない。花子はそう考えている。自分は可愛い存在でありたい けれども、ほんとうのところはどうなのだろう。自分自身の姿を鏡に写してみてもわからない。どんなに冷静に客観的になったつもりでも、自分のことなんて クールには見られないものだ。自分のことが可愛いと思っている者は五万といるだろうけれど、ほんとうにその通りだとだれもが認めるのはそのごく一部だと思 う。花子もその一部に入っていたいと願うっていることは間違いないけれども、実際のところは……。そう考えだすと思わず声にならない声を漏らしてしまう。 ぐううともくうんともわからぬ悲しげなうめき声。自分でも知らずそんな声を出すことがあるらしい。悲しげな声を漏らす度にお姉さんが心配してくれる。

「どうしたの、花子ちゃん? なにか悲しいことでもあったの?」

 お姉さんがそういうからやっぱり悲しげな声が出たんだと思う。花子は首を横に振って否定してみるが、その表情はやっぱりちょっと悲しそうなんだろうね。お姉さんは表情を読み取るのが得意なだけに、ごまかすことができない。

「あらぁ、もしかしてまた不安になってるんじゃない? 大丈夫よ、あなたは可愛いよ。とても可愛い子」

  こんなときお姉さんはこんな風に慰めてくれるのだ。可愛い可愛いと。もちろんうれしい。自分では客観的に判断できないから、ひとから可愛いなんて言われる とついその気になっちゃう。ましてやお姉さんが言うんだもの。お姉さんは決して嘘をつくひとではない。まじめで正直でとてもいいひと。そのお姉さんがいう ことは真実であると思いたい。思いたいんだけれど……どうしても心からは信じられないんだ。自信がないからかな。だって……

 花子は心の中 でいつも揺れている。外見からはそんなにナイーブだと誰も思っていないだろう。身体が大きくて……普通の人間の数倍ある……全身剛毛に覆われていて、声 だってとてもかわいらしいとはいえない低いうなり声しか出せない花子。それでも人間に、いや可愛い女の子でありたいと思い続けている花子がもともとなん だったのかなんて、いまさらいう必要はないし、誰もそんなひどいことを言おうとはしないのだった。

                                 了


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