画家・斉藤真一の放浪の旅の本を紹介したついでに、もうひとりの放浪のというより、漂泊の俳人・種田山頭火の本をとりあげる。
画集や絵本などグラフィックスな本を紹介するこのブログ定番ですが、今回異例的に文章のみの本なので、ご了承ください。
私が山頭火を知ったのは、かなり昔、放送作家、ラジオ・パーソナリティの永六輔さんがTV番組「遠くへ行きたい」で、自ら山頭火の真似?で托鉢行脚姿となり、山頭火の旅を再現した番組を演じていた。
今は、小学校の教科書に自由律俳句で出ているのに驚いた。
分けいっても分けいっても青い山 山頭火 が紹介されているそうだ。
私も、自由律俳句を知ってから自分でも作れそうだとチャレンジしたが、やはり簡単ではない・・(笑い)。でも山頭火の句は素晴しい、生き様もあこがれる!? で、愛読書となったのです。
『俳人山頭火の生涯』 大山澄太
彌生書房 昭和46年8月 初版発行 彌生選書 13 1971
装幀・駒井哲郎
種田山頭火(たねだ さんとうか) 俳人。本名、正一。山口県生まれ。(1882?1940)。簡単な〈人となり〉を、丁度表紙のそっくり一文を引用しておきます。作者・大山澄太の文なのでしょう。いい得ています。
自己の真実をつらぬくために世俗の一切を捨て、一介の乞食僧として生涯を托鉢行脚の旅に終えた漂泊の俳人・種田山頭火。捨身懸命の厳しい生き方のなかで、一浴一杯を無上の友とし、自在の心より湧き出るすぐれた俳句を数多く残して逝った、そのたずいまれな感動の一生。
うしろすがたのしぐれてゆくか──山頭火
山頭火 下関市長府町国分寺跡付近にて(昭和8年)同書・裏表紙より
笠にとんぼをとまらせてあるく 山頭火
私の好きな句でもある。孤独な旅だが童心のひとときを味わって微笑んでいる山頭火の姿がいい。
この書には、晩年自身が口癖の〈コロリ往生〉の詳しい最期の様子が描かれている。
著者・大山澄太と山頭火は、生前親しく、同じ俳句・座禅40数年、理解と顕彰に努む。よって山頭火といえば大山澄太の著は切り離せない。