
瓜生津隆真(仏教学者、浄土真宗僧侶)
本願寺出版社(1985) 初期仏教の無我は非我。 我でないものを我であると見る間違った観念を捨てること 仏陀は死後の世界など形而上学的問題については沈黙した 生死即涅槃。無明と煩悩の迷いの世界の中にこそ涅槃の悟りがある。 愛憎の世界にこそ涅槃の安らぎが実現される。 私たちは如来の大悲につつまれた存在 有無の両極端を否定するのが中道 戒は自己規律。律は集団での規則。 快楽と苦行を両極端として捨て中道をとる この世で悟りを開いて仏となることのできない人びとに 来世の成仏を約束する。未来成仏 大乗仏教とは菩薩の仏教 四無量心:慈悲喜捨 大悲:生きとし生けるものの救済のためには自己の悟りまで捨てる 方便はすてべの執着をはなれた智慧のはたらき 本願とは仏になる以前の菩薩として修行中の誓願のこと 自己の修行が他者の悟りの因となる。大乗仏教のみの思想 煩悩が悟りになるのであって煩悩と全く別に悟りがあるのではない 本願を信じる信そのものは如来の心のはたらき 即得往生。信心をうればすなわち往生するといふ 心の浄らかな人にとっては現実の世界がそのまま浄土となる 地獄と極楽は元々別々の思想 十界の思想は天台智がいの思想 悪が知れなきゃ仏も知れぬ 菩薩。みずからは地獄の苦悩をうけることがあっても後悔しない ☆☆☆☆☆ 煩悩や愛憎をそのままに涅槃の悟りへ至る。 感情を失った人間は生きていくことができないという 神経心理学的結論との類似性が興味深いと思う。 ・今日の一言(本文より、ウイリアム・ジェームズ) The indispensable aspect of religion is this metamorphosis from the present small self to the new large Self. 宗教の本質は小我を捨てて大我に生きることである。 종교의 본질은 소아(小我)를 버리고 대아(大我)로 사는 것이다. 宗教的本质是丢掉"小我",为"大我"而活。