『沿線風景』 原武史 著
初めて手に取ったのは著者の作品は
3年ほど前に読んだ『滝山コミューン一九七四』で、
第30回講談社ノンフィクション賞を受賞したこの本はたいへん興味深かった
(そのわりにブログにアップはしていない)。
作中に登場する団地や小学校、受験予備校の様子などは、
少し年は離れるし場所は違うけれど、
わたしが子供時代を過ごした環境や社会背景と
どことなく似ているような気がした。
また、政治思想や社会思想的な方面からアプローチしながら
自身の体験などを織り込み、記憶をたどりながら
考察していく文章はひじょうに読みやすかった。
本書は、著者が鉄道に乗り、出かけた先で食事をし、
関連する本を紹介するというとても風変わりなエッセイだ。
旅ものであり書評であり、ある意味グルメ本としても読める。
時には例外として近畿地方なども取り上げられているが、
著者たちが出かける範囲は、基本的には日帰りできる距離の
東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県、栃木県あたりに絞られる。
選ぶ基準は、「昔行ったことがある」「皇室に関係がある」
「戦犯が住んでいた」「宗教関係」……などなどだ。
編集者たちと電車に乗り、行った先でその土地のそばやうどんを食べ、
観光施設などを訪ね、歴史をひもといたり、当時を懐かしがったりする。
どこかのんびりとした雰囲気で、大人の遠足といった具合だ。
土地に関連した歴史やエピソードもさりげなく挿入され、
読み物として楽しみながら、(主に著者の専門である昭和史を)学ぶことができる。
鉄道に詳しい著者ならではのオタク的なネタが挿入されるところもいい。
わたしが子供のころに住んでいた場所の近くの
京急沿線にある東急車両についてのエピソード、さらには
横浜ドリームランドの章はあまりにも懐かしくて、
思わず、おお、と心の中で叫んでしまった。
鉄道と団地と駅の立ち食いそばへの偏愛的な思いを
自身の専門である学問と関連づけた、非常に個人的な
エッセイではあるのだが、世代論など普遍的な面も持ち合わせていて読みやすい。
どちらかといえば旅もののウエイトが大きいため、
書評を期待すると物足りなさは残るが、
鉄道好きであれば充分面白く読めるだろう。
ふらりとどこかに出かけたいとき、ぱらりとめくってみれば
次の旅の思わぬヒントが見つかるかもしれない。
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