昼休みは嫌い。一緒にお弁当を食べる友達がいないから。由佳は教室の自分の席でお弁当箱のふたを開けた。
でも、昼休みは好き。誰にもじゃまされず、チャイムにもじゃまされず、大好きな本を読めるから。由佳は教室の後ろにある本棚から一冊の本を手に取った。ふと目線を落とすと、本棚の一番下の段の端に一冊の大学ノートが所在なげに置かれていることに気が付いた。
(なんだろう。)何かに導かれるように由佳の手は大学ノートに伸びた。表紙には「図書ノート おすすめの本を紹介してください」と細いペンで書かれていた。
表紙をめくってみると、一ページ目に整った文字で「こころ 夏目漱石」「高瀬舟 森鴎外」と書かれていた。ページをめくる。次のページも、次のページも、そのまた次のページも、何も書かれていない。最後まで何も書かれていなかった。由佳は少し不憫な気持ちになり「走れメロス 太宰治」とだけ書き、図書ノートを元の場所に戻した。
次の日の昼休み。由佳は図書ノートが気になり、本棚からそっとそれを手に取った。表紙を開く。と、昨日書いた由佳の文字「走れメロス 太宰治」の下に、「新釈走れメロス 森見登美彦 もオススメです」と決して上手とは言えない文字で書かれていた。
(誰だろう。このクラスにも読書が好きな人がいるんだ。)
由佳は「新釈走れメロス」の下に「ありがとうございます。今度読んでみます。」と書き込み、図書ノートを本棚へ戻し、新釈走れメロスを探しに図書室へ向かった。
次の日の昼休みも図書ノートを開いてみる。「鴨川ホルモー 万城目学」と昨日と同じ文字で書いてある。
(一体いつの間に書いているのだろう。)由佳は「ご紹介ありがとうございます。」と書き、「二十五年六月六日」と今日の日付を書き込んだ。
また次の日の昼休み、由佳は図書ノートを開いてみた。今度は「ホルモー六景 万城目学 もオススメです 二十五年六月六日」と日付も書かれていた。
(昨日書き込んだの?誰が?いつの間に?)
その週末、由佳は家で三冊の本を読んだ。新釈走れメロス・鴨川ホルモー・ホルモー六景。どれも京都を舞台にした痛快で笑えるちょっと恋愛チックな小説だった。
由佳の通う学校は、三年生になると毎年六月に修学旅行で京都に行く。友達のいない由佳は修学旅行なんて行きたくなかったが、三冊の本を読んで少しだけ京都に行きたくなった。そして、この本を紹介してくれた誰かと一緒に京都の街を歩きたいと思った。
月曜日。由佳は昼休みを待たずに図書ノートを開いた。週末に読んだ三冊の感想を一ページ以上書いて、本棚に戻した。
(これで誰か分かるはず。長い文を書いたから、すぐには読めないはず。)由佳はそっと目の端に本棚をとらえながら一日を過ごしたが、結局誰も図書ノートを手には取らなかった。
放課後になり、誰もいなくなった教室で図書ノートを開いた。由佳の目に「読んでくれてありがとう。面白かったでしょ。」の文字が飛び込んできた。
(いつの間に書いたの?)由佳は思わずつぶやいていた。そして、図書ノートに書き込んだ。「来年の京都の修学旅行が楽しみになりました。」それから、勇気を出してもう一行。「あなたは・・・せめて出席番号だけでも教えてもらえませんか?」
次の日の朝、さっそく返事は書かれていた。いつもの上手とはいえない文字で「十六番!」
(何?どういう事!)由佳は軽い怒りを覚え、図書ノートを本棚に置き、自分の席に着いた。十六番は由佳の出席番号だった。誰かが馬鹿にしているのだと思った。もしかしたらクラスメート全員が馬鹿にしているのかもしれない。由佳は週末に有頂天な気持ちで三冊も本を読んだことを恥ずかしく思った。本を紹介してくれただけの誰か分からない人に対して淡い恋心を抱き始めていたことを悔いた。
放課後、由佳は消しゴムを手に図書ノートを開いた。と、「十六番!」の文字の下におすすめの本が増えていた。
「先週出版された 御所御所大騒動 森目学彦 も面白かったです。二〇一四年六月に実際に起こった京都御所での出来事をモチーフに小説化したらしいです。その時、僕は幼稚園児で母と一緒に御所にいました。一瞬、プリンセス・トヨトミみたいに大人たちは時間が止まったみたいで、・・・。でも、近くにいた修学旅行中らしい女子高生のお姉さんと一緒に不思議な時間を過ごしていたのでなぜか安心した気持ちでいました。たしかユカさんっていったかな。実は、僕の初恋です。絶対内緒ですよ。ということで、読んでみてください。二〇二五年六月十一日 二年三組十六番 高木健。ところで、君は何番ですか?」
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公募ガイド第17回小説の虎の穴 課題「タイムスリップ(時空を超えてどこかに行く話)」の落選作です。
佳作はこちらをどうぞ。
http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/17-1b78.html
最優秀賞は本で確認してくださいね。(私もまだ忙しくて本屋さんに行ってません。。。)
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