浅田次郎さん著『一路(上・下巻)』(中央公論新社刊)を読みました。
この作品は、西美濃の田名部郡、七千五百石の旗本ながら、交代寄合表御御礼衆でもある
お殿様・蒔坂左京太夫御一行の江戸までの参勤道中のお話です。
主人公は、この参勤道中を采配する若き御供頭・小野寺一路さん。
この一路さん、江戸育ちで参勤道中に同行した経験もなく、剣術と学問三昧であったのに、
父親である弥九郎さんの不慮の死(実家の屋敷が焼失した際に死亡)により、19歳で家督を相続。
間もなく御供頭を務めることになるものの、何しろ職務について親から何一つ教えられておらず
もしも任務に失敗したら、切腹&御家断絶という運命が待っているというのに、
他の侍はおろか、かかわりを敬遠する親戚からも全く助力を得られず、出発前から早くも大ピンチ。
そんな中、火事の折、唯一遺された家伝の書「元和辛酉歳蒔坂左京太夫様行軍録」を頼りに
なんとか役目を全うしようと奮起する一路さんですが、頼りの書の中身は抽象的なことばかり。
でも、四面楚歌かと思った一路さんの周囲に、思いがけず味方する人々が現れます。
宿で偶然知り合った旅の易者・朧庵さんや、檀家の空澄和尚、渡りの髪結・新三さん、
唯一の部下にあたる若き添役の栗山真吾さん、そして初めて対面した許婚の薫さん、
そして亡き父の盟友であり薫の父でもある勘定役の国分七左衛門さん。
そんな人々の助力を得て、どうせ何もわからないならいっそ古来の伝統的な道中にしようと
思い切った策に出る一路さん。
実は、此度の参勤道中は、家内随一の権力者であり、殿の叔父にあたる将監率いる一派による
お殿様暗殺計画と御家乗っ取り計画が裏で進行しているのですが、そうした家中のきな臭い空気を
一路さんと真吾さんだけが知らないという事が、事態を思わぬ方へ進めることに。
ともあれ、一見誰もが無謀だと思った古式ゆかしい参勤道中も、さまざまな幸運や偶然が重なって
どういうわけか上手く運んでいきます。
でもそれは実は単なる幸運ではなく、御家の安寧を願う道中の参加者たちの、密かな気合と努力の
賜物だったのでした。
そして、皆から馬鹿殿だと思われていた主の左京太夫さんが、実は切れ者の明君であることが
この道中でバレてしまいます。(殿様は意図的に隠していたのですが。)
御殿様に限らず、道中の誰もが、意外な一面を併せ持っています。
そして、その道中の面々も、行く先々で出会う人々も、この御一行のもたらす不思議な力のおかげで
抱えていた屈託も、ちょっと気が楽になったり、いろいろ諦めていた人も少し希望を持てたりと
それぞれにちょっとずつ良い方に向かうところが、うまく出来過ぎのようだけれど、ほんわかします。
途中に少し悲しい出来事や切ない事もあるものの、全体的には明るく元気に進み
いろいろドタバタある道中の末、辿り着いた江戸ではまたひと悶着あったりするのですが
結果としてはまさに大団円。
この道中が進むにつれて、読んでいる側もなんだかパワーをもらえるような気がしました。
ところで、個人的には、ひぐらしの浅次郎さんがその後どうなったのか、気になります。
意外に好男子な御先手の佐久間勘十郎さんと、友の名乗りをあげる日は来るでしょうか。
そして、途中登場する”安中の遠足”、とりわけ風陣の秘走の3人の走る姿を想像すると
ちょうど現在開催中のツール・ド・フランスの走りと同じ理屈なので、妙に納得するやら
思わず笑ってしまうやらで、印象的でした。
表紙を飾る山口晃さんの画が、また内容をよく表していて雰囲気もピッタリで素晴らしい。
総じて、まことに浅田さんらしい、力強く楽しい作品です。
↧