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拝み屋(11)

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                          拝み屋(11)

 部長の部屋に戻ると、アカンさんはまだ眠ったままだ。会議の邪魔でもしているかと思ったけど、結構疲れるのかも知れない。しばらくそのままにして、反対側に信也君と一緒に座った。
「大人の世界って結構大変なんだね」
 信也君がぽつりと言った。
「そうねぇ、何でかしら。大人になるとね、だんだん欲張りになっちゃうからよ」
「欲張りって何?」
 信也君が不思議そうに訊いた。どうやって説明すればいいのかしら。
「欲張りって言うのはねぇ、えっと………信也君は、やりたいこととか、欲しいものとかあるの?」
 信也君はしばらく黙って考えていたが、思い出したように言った。
「そうだ、歌ってみたいよ。身体から本当に声を出してね、先生みたいにウクレレ弾きながら歌ってみたい」
 そう言って目を輝かせた。
「いいわね、私も俊介君の歌が聴きたいわ」
「本当の声じゃないけど、歌ってみようかな。いつもね、先生が歌う時、僕も一緒に歌っているんだよ」
 歌い終えると、この歌はいつも授業の始めに歌ってくれると教えてくれた。先生が俊介君の為に作ってくれた歌らしい。
「ありがとう、かっこよかったよ、でも歌うことはね、ちっとも欲張りじゃないわ。素敵なことよ」
 そう言うと、
「欲張りって何だろう」
 と、また考え込んだ。
「う~ん、そうねぇ。また今度教えてあげるわ」
 そう言って誤魔化した。悪いことをする人は皆、欲の為だと言うことを教えたいけど、信也君は、欲を感じることすらできない状況で暮らしている。金銭欲も、名誉欲も、色欲も、支配欲も、食欲も教えることが難しい。信也君に欲があるとしたらどんなことだろう。声を出して歌いたいとか、自分の足で歩いてみたいとか、人の手を握ってみたいとか、誰でも当たり前にできることばかりかも知れない。人一倍欲張りな私に欲張りが説明できないってどういうことかしら。
 私の欲は、まず金銭欲だわ。それも楽して沢山お金が欲しいわ。そしたらブランド物のバックを買って友だちに自慢できる。それから、お金の次は食欲ね。最高級のレストランで、イケメンシェフの作った料理を食べたい。写メに撮って友だちに自慢ね。それから………後は何かしら。そう、いい男ね。今のところ俊介辺りが手頃でいいけど、できれば、玉の輿ってのもありだわ。それから………そうだわ、フェイズバンクで俊介の奴隷になったことを思い出した。思い出すと身体が汗ばむような気がする。人間って複雑で面倒だわ。

 そんなことを考えていたら、アカンさんが動き始めた。
「よう寝たわぁ、昼間っからふわふわのソファーで天国やなぁ。あんたらも寝たんか?」
 アカンさんは、眠そうに目を擦りながら言った。
 絵里子のオフィスに行って、見たことを話すと、フムフムと聞いていたアカンさんは、
「よっしゃ、うちに任しとき。」
 と、威勢よく言ってくれた。何か作戦がありそうだ。そろそろ昼になり、部長が戻ってくる時間だ。これからどうするのか訊くと、部長と一緒に、霊媒師のところに行くと言った。アカンさんは、こんな商売をしていながら、他の同業者を見たことが無いらしい。興味もあるし、上手くすれば利用できるかも知れないと話した。ああ見えてもアカンさんは意外と緻密なのかも知れない。下に傲慢で上に卑屈な部長の正体が早く見たい。
 部長は部屋に戻ると、後のことを貴子に指示して駐車場に向かった。社用車ではなく、自分のジャガーを使うようだ。私たちも後を付いて行き、アカンさんは助手席に座り、私たちは後部座席に座った。ネコババしたお金で買った車の値段は一千万は超えているだろう。庶民の乗れる車じゃない。心地よいサウンドを駐車場に響かせてスタートした。信也君は目を丸くして車内の装備を見ている。人間は中身が大切って言うけど、彼がこんな車で迎えに来たら、もうどこだって付いて行ってしまいそうだ。


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