『行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅』
石田ゆうすけ 著
本書は昨年、ブックデザイナーの友人が参加した企画展示
「本と旅」(旅の本屋「のまど」セレクトによる)の開催時、
友人がデザインしたブックカバーが気に入って購入したもので、
正直をいえば内容に関してはまったく期待をしていなかった。
先日、定期的に整理を心がけている我が家の“積ン読コーナー”を
ふとのぞいてみたところ
積んだまま忘れていた本書がふと目に留まり、
ま、これでも読むかと通勤のお伴にしたのである。
ところが、
読み始めたらグイグイと引き込まれ
久しぶりに電車を乗り過ごしそうになってしまった。
コンテンツがおもしろいことは言うまでもないのだが、文章がすごくいい!
テンポがよく、地の文と会話文のバランスもよくて非常に読みやすい。
素直でまっすぐな著者の人柄によるものも大きいのではないだろうか。
本書は、著者が7年半かけて自転車で世界一周した旅の記録である。
それまで勤めていた会社を辞めて、
北米~中米~南米、ヨーロッパ、アフリカ大陸、アジアを
その間一度も日本に帰ることなく廻った日々の出来事をつづる。
訪れた土地の様子、そこで出会った人々との交流、
さらには同じく自転車で旅をする人たち(チャリダーというそうだ)との
出会いと別れ、友情、葛藤などを鮮明に記すとともに、
さまざまな物事や人々に出会ったときの自身の心の動きが鮮やかに描かれている。
そうした描写を読み進むにつれ、
著者が目に焼き付けてきた世界各地の風景が浮かんできた。
旅にはトラブルがつきものだ。
しょっぱなから荷物の重さに耐えきれず挫折しそうになったり、
ほかに誰も通らないような土地で、追いはぎに遭ったりもする。
マラリアにかかり、ふらふらになりながら走ったこともあった。
しかし、旅先での人との出会いはそれをしのぎ、
忘れがたい出来事となって著者の心に積み重なっていく。
中でも印象的だったのは、アルゼンチンとチリの国境付近で
20歳の青年とすごした一夜のエピソード。
両親は街に住んでいるが、自分は一人が好きだから
あえて閑散とした場所に住んでいるという。
言葉少ないながら、ぽつりぽつりと語る
彼のプロフィールに、著者が抱えている寂しさがシンクロするよう。
そんなひと時の描写から、二人の心が通い合うさまが伝わってきた。
著者が別れを告げるとき、彼は
「次はいつ来るんだ?」と尋ねる。
もう二度と来ることはないだろうけれど、
「これからのことは、まだわからないんだ」と著者は答えるのだった。
また、意外でかつ非常に面白かったのが、
世界中を回っているチャリダー仲間との交流だ。
同じようなルートを回っている人が多いためか、
実に頻繁に、さまざまな場所で知っている顔に出くわすのだ。
そのたびお互い「あああーっ!」と叫び、
しばらく一緒に走ったり、生活までともにしたりする。
旅の冒頭で出会い、その後も登場するキヨタくん、
明朗快活なセイジさん、アフリカ大陸で結成した即席チームのメンバーたちなど、
個性豊かな仲間たちとのふれあいが楽しい。
さらには、少々もどかしい気持ちにさせられるような、
ロマンティックな展開を期待する場面も登場する。
これぞ、まさしく青春である。
そうした日々がいまの著者の
頑強な土台となっていることは、おそらく間違いないだろう。
どのエピソードも大変興味深いのだが、
あまりにも長い期間にわたるため、
旅のすべてを網羅できていないところが惜しい。
どういう基準でダイジェストしているのかわからないが、
多少物足りない気分を覚えることは否めない。
……と思っていたら、シリーズ作として
『いちばん危険なトイレといちばんの星空』『洗面器でヤギごはん』
という作品も出ていたのであった。
いつ何が起こるかわからないスリリングな展開に
ともに笑い、ともに泣き、
読者はいつしか著者とともに旅をしているような
感覚を呼び起こされるだろう。
さらには、自分が動くことで世界は変わるということ。
未知の世界を知り、さまざまな人と出会うことによってまた、
自身の世界が変わっていくということを実直につづっていて、
読後感が非常にすがすがしい。
一期一会という言葉をかみしめる一冊でもあった。
行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅 (幻冬舎文庫)
- 作者: 石田 ゆうすけ
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2007/06
- メディア: 文庫