「さあ、何でも聞いておくれ。ワシはこう見えても、長年の鬼生経験から、こちらの世の事で知らないものは殆どないのでのう。若し知らないものがあったとしても、如何にも知ったかぶりして、尤もらしい事を咄嗟の思いつきでちゃんと喋るから何の心配もいらんぞ」 閻魔大王官は自信有り気な顔でそんな無責任な事を云うのでありました。 「はあどうも。・・・それではええと、先程の話しと関連して、先ず、住霊は誘拐されないのか、と云う質問なのですが、今日これまでの話しから推察すると、亡者ばかりではなく霊も、亡者よりは危険が少ないながら、それでも誘拐される危険そのものはあるのですね?」 「そうじゃ。しかし先程の話しからも理解出来るじゃろうが、住霊を誘拐した場合、それは明らかに地獄省の省家主権を侵害した事になるから、最悪の場合、戦争も辞さない構えで対応する事になるのじゃ。勿論極楽省の場合でも、同様の対応をする事になるじゃろうのう。であるから、準娑婆省の連中としては地獄省や極楽省の住霊を誘拐するのは、大いに及び腰になるのじゃよ。省力が違い過ぎるから、戦争になったら準娑婆省が壊滅的な敗北を蒙るのは目に見えておるのでのう。ま、誘拐ではなく、住霊が自発的な意志で準娑婆省に亡命したりする場合は、これは今の省際法上、こちらは断固たる措置はとれんがのう」 「亡命の場合はさて置くとして、住霊も現象面としては誘拐対象となり得るけれど、国際関係、いや省際関係上、実際にはその危険度は亡者に比べて格段に低いと云う事ですかね?」 「その通りの理解で結構じゃ」 「しかし省家的意志ではなくても、準娑婆省の或る一部の私的な団体や個人が、金目当てとか愉快犯的動機で、そう云うとんでもない事を画策すると云う事はありますよね?」 拙生は食い下がるのでありました。「準娑婆省には娑婆にちょっかいを出して喜ぶ、不届きで無粋な了見の輩が多く居るわけですから、そのちょっかいの邪指を迂闊にも地獄省や極楽省の住霊に向けるなんと云う事も、可能性としてなくはないのではありませんか?」 「まあ可能性だけを云えばそうじゃが、しかし連中は娑婆にちょっかいを出す事が面白いわけで、地獄省や極楽省にちょっかいを出してもちっとも面白くはないもののようじゃよ。ま、ワシは準娑婆省の連中の気持ちはようは判らんのじゃが、そう云うものらしいぞい」 「ふうん。そう云うものですかねえ」 「それに万が一、そう云う大胆で不埒な輩がいたとしても、戦争になって壊滅的な敗北を蒙る危険があるのじゃから、準娑婆省当局自体が放っておく筈がないじゃろうのう。省を挙げて目の色変えて、そんな横着者共は自ら屹度成敗するじゃろうて」 「成程、そう云う按配ですか。そうすると、霊として生まれ変わった後は、準娑婆省の連中に誘拐される心配は、先ずはしなくても良いと云う事ですか」 拙生は何度か頷いて、些か愁眉を開いた表情を閻魔大王官に見せるのでありました。 「ま、そうじゃな。だから安心して生まれ変わっておくれ」 閻魔大王官も拙生の頷きに同調して、拙生が頷き止めるまで、一緒になって微笑みながら頷き続けているのでありました。 「ええと、次の質問ですが、・・・」 拙生は頷きながらメモの方に目を落とすのでありました。 (続)
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