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2010/11/17 昭和の名作詞家星野哲郎

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「偉大な作詞家星野哲郎の死を多くの歌手が悲しんでいると思います」と、北島三郎の話。 周防大島町和佐で生まれ育った作詞家が亡くなった。85歳。昨夜、世話人のOさんが記帳表を持って家を訪ねてきた。集落を回っているのだと言った。星野哲郎記念館でも記帳をしているとニュースで知った。 15日午後5時のラジオの全国ニュースで星野哲郎の死を知った。県内のニュースでも全国のニュースでも、ラジオテレビで各社が報道していた。星野哲郎は郷土の誇りだった。瀬戸内の島の小さな小さな集落から出て、全国に名を知られるまでの業績を残した偉大な人だった。 私は子どものころその存在を知った。東京から帰省してきた彼が、子どもたちを集めて一緒に野球をしたことをよく覚えている。どれくらい稼いでいるのだろうと興味を持ったことがある。自分も作詞家になりたいと思い、同人誌に入って作詞の勉強をしたこともある。それがきっかけとなって生涯の仕事に就くことができたと思っている。青春時代挫折した私が、大げさに言えば星野哲郎のおかげで仕事を得ることができたといえるかもしれない。 周防大島で育った人々がそうであるように、星野哲郎も周防大島のことを忘れなかった。「えん歌蚤の市」などで多くの歌手を連れて帰って、故郷の人々を楽しませてくれた。いつも彼の心には故郷の島があったように思う。 60歳を過ぎたら田舎に帰って暮らしたい、と彼が書いた文章を読んだことがある。意に反して田舎には帰らず東京で生涯を終えた。この小さな集落で暮らしていたら、元気な幼馴染に囲まれてもっともっと長生きできたかもしれない。


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