去年の11月から12月にかけて40冊くらいの本を読んだんだけど、
300ページくらいの薄めの本が多かった。
その反動なのかどうか分からないんだが、
とにかく長い小説を読みたくなった。
で、我が家にある "積ん読" 状態の本の中で
一番長いものを引っ張り出してきた。
4日あたりからちまちま読み始めて、
途中で他の本と並行して読んだりしたこともあって、
やっと今日読み終わった。10日間くらいかかったなあ。
この本は新書版・上下二段組で760ページくらいある。
文庫換算で1000ページを超えるだろう。
しかも、これで "前編" なのだ。
ちなみに "後編" は「オール・クリア」というタイトルで、
"前編" より長い。
長すぎて一冊に収まらず、「1」「2」との二巻本になってる。
"後編" だけで新書版で約1000ページという一大長編。
大森望氏の「訳者あとがき」によると、
前後編合計で原稿用紙3500枚分くらいになるらしい。
普通の本の6冊分くらいに相当する文章だ。
そんなこんなで読み始めたのだが、読み始めて感じること。
とにかく、厚い! 重い!
厚みが3.5cmくらいあって持ちにくいし、
重いので、手に持って読んでると手が疲れる。
私は、人よりも手のひらが小さめな人間なので、
(たぶん、私よりかみさんの方がちょっぴり手が大きいと思う)
持ちにくいのはそれも理由のひとつかも知れないが。
アメリカでは、1000ページくらいまでの小説なら
平気で一巻本にしてしまうらしいが、
彼らはみんな、手が大きくて力持ちなんだろうねえ。
余計な話はやめて内容に入ろう。
2060年。
タイムマシンが実用化され、大学管理の研究施設となっている時代。
それを使って、オックスフォード大学の史学生3人が、
歴史研究の一環として第二次世界大戦中のイギリスへと送り込まれる。
ポリーはデパートの売り子となって、
大空襲の元でのロンドン市民の生活を観察するために。
メロビーは "アイリーン" と名乗り、
ロンドン郊外の領主館のメイドとなって、
空襲を逃れて疎開してきた児童たちの観察をするために。
マイケルはアメリカの新聞記者として、
史上最大の撤退作戦である「ダンケルクの戦い」での、
民間人の英雄を探すために。
ちなみに、タイトルの「ブラックアウト」とは、
空襲時に燈火をすべて消してしまう "完全消灯" のことで、
戦時下の燈火管制を指している。
この作品でのタイムトラベルは、目的時空のある一点に、
"降下点" と呼ばれる、いわば "トンネル" のようなものを開き、
ここを通ることによって時代を行き来する。
史学生たちは、一定時間ごとに開くこの "降下点" を通って2060年に戻り、
その都度、進行状況を定期報告することになっていた。
しかし、到着した3人には思いも寄らない事態が次々に起こり、
さらに、3人とも自分の "降下点" が使えない状況に陥ってしまう。
過去へ送り込まれた史学生との連絡が途絶えた場合は、
ただちに "回収チーム" がやって来るはずなのだが、
待てど暮らせど救援隊が来る気配も無い。
そんな原因不明の "歴史の島流し状態" になってしまった3人の学生が
未来へ帰る方法を探して奮闘していく姿が描かれていく。
最初の1/3くらいは、あまりストーリーが動かない。
ビニーとアルフの姉弟をはじめとする悪ガキどもに振り回される
アイリーンの日常生活や、
1940年に出発する準備で忙しいポリーの様子とかが延々と描かれてゆく。
イギリス沿岸で、撤退してくる部隊を
観察するだけだったはずのマイケルが、
いつのいまにか砲弾飛び交うダンケルクの戦場へ
飛び込む羽目になってしまうあたりからかな、
だんだん面白くなってくるのは。
このあたりまでくると、3人の学生にもそれぞれ思い入れが出てきて、
登場人物の関係や性格も把握できて、
ストーリーに没頭できるようになったし。
読んでいてふと思ったのは、歴史の勉強のためとはいっても、
2060年の未来人が、1940年の生活に馴染むのはたいへんだろうなあ・・・
ということ。
言うことを聞かない悪ガキどもを何十人も相手にしてるアイリーンとか、
がみがみうるさい下宿のおばさんの作る超マズい飯を食べながら、
厳しい上司の下で働くポリーとか、
つくづく、よくできてるお嬢さんたちだなあ・・・って思ってしまったよ。
今日は成人式で、日本中あちこちの様子が報道されているけど、
例えば現代の大学生が、120年前の日本の生活に馴染めるかなあ。
1894年っていったら、日清戦争の頃。
華族様の女中とか、銀座のデパートの売り子とか務まるかねえ・・・
さて、これから "後編" である「オール・クリア」に向かう。
これもまた長いんだけど、今度は二分冊で、
どちらも500ページくらいの厚さ。
そうだよねえ。手に持つなら、これくらいが限度だよねえ。





