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第七章 草食男子の出会い  ~ そのいち ~

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僕は、何の不自由もない暮らしをしていた、と理解している。 一般的なそれとは違う、裕福な恵まれた環境。 自分の出生のルーツ、親の社会的地位、財力、周囲のサポート、こうなると、友人関係に至るまで、恵まれて いた。 周囲も似たような環境の友人たちがいて、同じ学校に通い、欲しいものも与えられ、それなりに自分の望まれている教育も、個人的に受けてきた。 好奇心旺盛で横柄な面も少々あったが、素直で聞き分けも良い方だったとも思う。 ある程度は好きなこともさせてくれた。 父、母が忙しくとも、姉や乳母や大人たちが、僕の世話をしてくれて、愛情もたっぷり受けた幼少時代だった。 思春期にかかる頃。 僕に病魔が訪れた。 高熱の末、僕はどうやら子供が出来にくい体質になってしまったらしい。 当時は、それを理解しても、何がそんなに違うのかまでは、本当の意味ではわからなかった。だから、僕自身は、周囲ほど悲壮感はなかった。 が、親や親戚、周りの目が変わったのは、無知ながらも感じていた。 色恋沙汰一色の青年期で、僕は、心のどこかで、周囲のそれとは違う、一般的では無い自分の立場と体質を感じはじめた。 自分は、長男で、跡継ぎである。 それは、二十代になっても変わらなかった。 だけど、僕に求められるものはそれ以上無かった。 お陰で、好きな分野を学ばせてもらい、好きな職につき、親しい友人と起業もさせてもらえた。 結婚適齢期の姉が、僕の後も家系を保つために、相手を選び、僕の後を継いでくれる男の子を産む、と断言した。 姉は、姉なりに我が一族の今後の事まで見越して、自分の人生を賭けたのだろう。 僕はその間、何の希望を持って、お見合いをしたり、女性とお付き合いをしていたのだろうか? 家の事や、自分の立場など、少しでも頭の片隅をかすめたりでもしたのだろうか? 周囲に言われるがまま、相手に言われるがまま付き合ってみたものの、相手には申し訳ないが…全く興味が無かった訳では無いが…それ以上深く相手に興味を持つ事が出来なかった。 それでもやはり、間違ってでも、子供ができることはなかったし、興味の無い相手と一生一緒になる気も起きなかった。 僕が三十代の頃、 姉に待望の長男が産まれた。 皆の愛情がそこに注がれた。 僕が何かを言った訳では無い。 が、僕の孤独感を察してか、祖父が職場の近くにマンションを与えてくれた。 そこに住んでもみたが、尚更、孤独を感じて、このマンションに一人で住むには恐ろしかった。 マンションから見える景色は、いずれ自分の物になるようで、いずれ自分の元から離れていく。 その全てを一人で負うには怖かった。 時々は重宝した場所だったが、僕はそれでも実家の自分の部屋に戻り続けた。 何故か、そのマンションに住むのは、逃げていると思われるように感じて、嫌だった。 そして、僕が逃げる事で、誰かが傷つくのを避けたのかもしれない。 僕はもう、どこにいても一人で生きていく覚悟をしなくてはならない。と確信していた。 異性に対して何の希望も無く、求めるものもすでに見出せなかった。 それからは、皆が言うような幸せは自分には訪れないと察し、諦め、仕事の忙しさに没頭していた。 皆が幸せであれば、それで良いのだ。 こんな僕についてくれる人たちがいて、好きなようにさせてもらって、恵まれている方である。 と、常に言い聞かせ、穏やかに暮らしていた。 甥っ子は可愛く、すくすく成長しているある日、姉が言った。 「あなたを一生独身にさせるわけにはいかない。」と。 それはきっと姉の罪悪感だ。 姉は家系の存続の為を思って行っていた事だったが、僕の長としての立場を奪い、脅かし、僕を寂しい人間にさせてしまった、と思ったのだろう。 自分が結婚を選ばなかった理由はもはや僕にはわからないが、自分は諦めがついてせいせいしていた所だったのに。 何やら、最高の相性の相手を連れてくると、姉が息巻いた。  勿論、本気で聞いてはいなかった。 それから何年かの間、会社に数人の新入社員や、家のハウスキーパーにと、何人か出入りがあった。 四十代を迎え、僕は、さらに仕事に没頭した。 大変な事も続いたし、それなりに忙しく、充実した毎日だった。  僕自身も、僕の周囲も、比較的落ち着いていた頃だった。

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