仕事は、少しずつ忙しくなっていった。 仕事に慣れて、色んな事を覚えて行ったのと、企画の締切が迫ってきているから。 「市川さん、また■■会社にアポとってくれる?俺、今日の午後外回りするから。」 「あ、はい。」 電話に手を掛ける私。 「和泉さん、その庭の部分、今日中に仕上げてもらえるかな?」 「はい!」 材料をまとめて運び、作業集中タイムのみなみちゃん。 その他もろもろ、各自パイペースで仕事をこなしていく。 今井さんの指示出しも、段々ハードになってきた。 …このペースでいくと、いつか本当に残業もあるかも…。 「市川さん、この手書き資料のデータ入れておいてもらえる?」 「わかりました。」 「じゃ、外行ってきます。わからない事があったら、デザイン部の近藤さんに聞いてね。頼んでおくから。5時前には戻ります。」 「行ってらっしゃいー。」 忙しそうだなあ…。 それから私たちは、ハードな自分のノルマを黙々とこなした。 5時が過ぎた。 今井さんが、戻って来ない。 作業の目途ついた所で、私たちは、「帰っていいかなあ…。」と、言う事になった。 誰かが、「デザイン部の近藤さんに、声かけて行った方がいいのかな?」と、言った。 勝手に帰っていいんじゃない? と、私は思ったが、誰が代表で言いに行くか?という雰囲気。 私は他人事でいたら、みなみちゃんが、 「紗己子さん、一緒に行って来よう。」 と、言った。 えー…ちょっと、がっかりしたが、しぶしぶ一緒にデザイン部のフロアーついて行った。 ついて行ったものの、みなみちゃんは、話出さなかった。 「おい!」と、心の中で背中を押したが、一向にもじもじして、ただ、入り口でもぞもぞしている二人組となっている。 その様子に、遠くのデスクに座っていた近藤さんが気づいて、声を掛けてくれた。 「どうしたの?」 えーと、と思って、みなみちゃんを見たが、返事をしない。 おーい! 仕方ないので、(年の功、という事で)、私が割り込んでしまった。 「今井さんが、外回りから戻って来てないんですけど、私たち、時間なので、上がらせて頂きます。その報告に来ました。」 ごめんね、みなみちゃん。 「そう、わかったよ。今井が戻ったら伝えておくわ。お疲れ様でした。」 忙しそうにしていたが、近藤さんは、にっこり笑ってくれたので、みなみちゃんも私も、丁寧にお辞儀して、部屋を出よう…としたところで、 「あ、市川さん。ちょっと。」 と、呼び止められた。 私? みなみちゃんと、目が合ったけど、他の人が待っている手前、「ごめん、先に行ってて。」と、言うしかなかった。みなみちゃんは「じゃ、お先に。」ごめんね、という表情で、先に帰って行った。 で。 で? 「あの…?」 と、近藤さんのデスクの方に寄っていった。 すると、デスク横の資料の山から、クリップで留められた資料の束を取って、私に差し出した。 「ピザ食べれる?」 それを受け取りながら、 「はあ…。」 と答えた。 にこっと笑った。 「それ、あいつのデスクの上に置いておいて。お疲れ様でした。」 と、いうと、近藤さんはさっさと自分の仕事に戻った。 「…お先に失礼します。」 と、まだ数人仕事をしている人たちを残して、そのフロアーを出た。 何か、腑に落ちない質問だった。 あいつ、いつかピザ持ってくる気だな…? と、つい近藤さんの行動を考えてしまう。 私は、その資料を今井さんのデスクの上に置いた(あ、きっとこれ、明日の私仕事だな…。) 腑に落ちない質問を抱えたまま、買い物など済ませ、帰宅した。 家に着くと、何だか雰囲気が…違う? 誰か、人が入ったようだった。 昨日のタオル類もホテルの様に綺麗に収納され、食品庫の食材も補充されている感じ。 「あ」 冷蔵庫の中まで…。私の飲まない様なものが入っている! あいつが補充したのか? どういう事だと、思いながら、その冷蔵庫の隙間に自分の食材を詰めた。 一人の食事は質素な物である。 一人用の炊飯器でご飯を炊き、おかずは一品と副菜一品、みそ汁も即席で済ます。 今日はキャベツに生姜焼き。 仕事がハードだったので、いつもよりカロリーのある物を頂く。 プハー。 ちょうど、食べている途中だった。 ―ピンポーン…。 …まさか! ここまで来ると、確信に変わる。 玄関の扉を開けると、案の定。 「…こんばんは。」 「あれ?ご飯食べちゃった?ピザって言ったじゃん。」 手には、お持ち帰りピザを持参していた。どうやら、あの多国籍料理屋のピザのようだ。 あのお店の…美味しそう…。いやいや、 「近藤さんは、食べられる?って聞いたんですよ?まさか今日、ピザを持っていくとは…言ってませんでした…。」 後半は独り言のようになっていた。 予測はしていたが、読みを外した気分だった。 そうしながらも、当たり前の様に、彼は家の中へ入って来ていた。 「あ、何これ。」 わー!私の残りの生姜焼き! 「ご飯ある?」 ピザにご飯か?まさか生姜焼き食べる気? 「少しだけ残ってますけど…?」 私の明日の朝ごはんですけど。まさか。 「ちょうだい。」 でしょうね。 「はいはい。」 ビザを、生姜焼きの隣に置き、彼も台所について来た。 「お箸は?茶碗は?どこ?」 まてーい。私もどこにあるか、わからん! 二人で、あちこちの引き出しや棚を開けててんやわんやでお箸と茶碗を探し出した。 「あった、あった。」 「ははっ」 見つけた時には、笑うしか無かった。 何じゃこりゃ。 茶碗にご飯を盛り、それを近藤さんに渡した。 「せっかくだから、一緒にピザも食べよ?」 このタイミングで子供のように言うので、 「…では、せっかくなので…ご馳走になります。」 と、乗っかった。 結局いつも乗せられているかも。 ピザと生姜焼き、という不思議な組み合わせだけど、しかも、生姜焼きは私の食べ残しだけど…。 「生姜焼きなかなか美味しいね。」 「無理しないで下さい。しょっぱくないですか?」 「…大丈夫だよ。」 「…無理しないで下さい…。私、料理苦手なので。」 「えーちゃんと出来てるよ。」 「またまた…。ピザ食べましょ。開けていいですか?」 など、他愛の無い会話をしながらも、時間が経っていった。 食べ物はもう無いし、お腹も満足。 多国籍料理屋のピザは超美味しかった。 「あー美味しかった!」 と、女友達とでも話しているかのように、本音が口からぽろりこぼれた。 はっ! いつも憎まれ口をたたいていたから、彼の目線が急に気になった。 彼の顔をちら…と見ると、同じテンションの笑顔で、 「美味しかったね。」 と、笑っていた。 何だか素直にへへ。と、笑いあった。 「…じゃあ…、そろそろ帰るかな?」 と、彼が動いた。 あ、そうだよね。時間ももう遅いし。 ご飯を食べに来たんだね。 「どうも、ピザ、ご馳走様でした。」 と、お礼をした。 「こちらも、生姜焼き、ご馳走様でした。」 と、彼もお返した。 立ち上がって、玄関に向かって歩いている間、何となくしーんとなった。私は後ろについていた。 「あ」 と急に彼が立ち止まるので、「お」と、彼の背中を頭でどついてしまった。 「あたた。」 「え?大丈夫?」 大げさに言ってみただけだ。私は半分笑っていた。 「大丈夫です。ごめんなさい。」 自分のドジさを、照れ笑いでごまかそうとしていた。 彼も私も少し笑い合いながら、彼は私の頭を優しく撫でた。 撫でていたのだけど… びっくりする位、優しく頭を撫でるので、固まってしまった。 笑っていた彼の表情がふっと真顔になって、頭を撫でていた手が、そのまま顔のラインに沿って下りて、顎まで来て…離れた。 … 息をのむ仕草に、私はまた空気を換えようとした。 「あのっ…。」 「何?」 「…さっき言いかけたのは、…何だったんですか?」 少し考えて、 「連絡先…聞こうと思ったけど…また今度でいいや。じゃあね。」 と、彼もまた、何事も無かったかのように、部屋を出て行った。 何だか、今度は追いかけられなかった。 ソファーに戻り、彼が触れた左の頬の辺りの感触を思い出すと、彼が何故、こんなに高級なマンションに住んでいるのか、そして、自分の事を気にかけているのは、何なのか。 それももう、ぼやぁーっとしてしまって…。 とにかく、もしかして、いや確実に、彼の存在を気にし始めている自分がいると、自覚せざるを得なかった。
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