「お孫さんは大きくていらっしゃるので?」 拙生は閻魔大王官の顎鬚を見ながら訊ねるのでありました。 「もう家庭を持ておるのもおれば、この前大学を出て就職したヤツもおるし、この春に高校生になったのもおる。一番チビは未だ小学六年生じゃよ」 閻魔大王官は嬉しそうな笑みを湛えて云うのでありました。「高尾山に一緒に登るのはその小学六年生とじゃな。これが優しい子でのう。この爺さんと喜んで遊んでくれるんじゃ」 「お孫さんが多いんですねえ」 「ワシの子供が男二鬼に女二鬼おってのう、もう全部、嫁を貰ったり嫁に行ったりして家を出て仕舞うたわいの。孫は今のところ六鬼おるわいの」 「一堂に会されると、それは賑やかでしょうねえ」 「うん。正月に皆打ち揃うて家に集まるんじゃが、婆さんがてんてこ舞いしておるわい」 閻魔大王官の目尻が下がるのでありました。如何にも好々爺然とした閻魔大王官の顔を見ていると、拙生の方も何やらほのぼのとした心持ちになってくるのであります。 「閻魔大王官さんのお孫さんですから、皆さん屹度、優秀な方ばかりなのでしょうなあ。お爺ちゃんとしてもお孫さんの今後が楽しみですねえ」 拙生は愛想を云うのでありました。 「まあ、中にはぼんくらなのもおるが、皆心根は優しいヤツばかりじゃな。いや、ワシの家の事なんぞはこの際どうでもええが、ええと、ほんじゃあお手前は、充分とは云えんじゃろうが、一応は邪馬台郡の世情視察みたいな事もしたと云うわけじゃな」 「そうですね、色々見聞させて頂きました」 「ちらと小耳に挟んだのですが、準娑婆省の連中らしきに誘拐されそうになったとか?」 これは補佐官筆頭が訊く言葉でありました。 「ええ、そう云う事もありました。しかし丁度、合気道の達人の連れの亡者がいましたから、その亡者の活躍で事なきを得ました」 「いや全く、準娑婆省の連中にも実に困ったものですよ」 補佐官筆頭は苦々しげに云うのでありました。「連中は遵法精神も、社会規範を堅守しようとする意識も、社会秩序への畏敬も何もない、云わば未開人みたいなものですから、平気でそう云った不埒な真似を仕出かして、それでいて恬として恥じないのです」 「しかし中にはこの前の審理の時に話しに出た大酒呑太郎さんのような、閻魔庁で補佐官をされていたエリートの方とか、相当に意識の高い方もいらっしゃるのでしょう?」 「まあそう云う方も偶にいらっしゃるでしょうが、しかし大体は、娑婆につまらないちょっかいを出して面白がっているような、碌でもない連中が殆どですよ。大酒呑太郎さんにしても私に人の悪い、いや違った、鬼の悪い悪戯なんかされて喜んでいらっしゃるのですから、とてもじゃないですが高潔な方だとは云い難いですしねえ」 「ああ、補佐官さんが俳句でおちょくられた一件ですね?」 「そうです。今思い出しただけで口惜しさがこみ上げてきますよ」 補佐官筆頭は下唇を噛んで苦々しげな表情をするのでありました。 (続)
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