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幽霊(6)

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                                    幽霊(6)

「ねぇ、私はどうすればいいの、私もお爺さんみたいにフェイズバンクに行けるんでしょう? ずっとこのままよ。私だって色々体験してみたいわ」
 光子さんがくねくねしながら訊いた。
「そうねぇ、どうしてかしら、もう死んでから三日も経つのよね」
 私は光子さんの目を見ないようにして、曖昧な返事をした。あの目を見ると私の身体までくねくねしてしまいそうだし、怒らせたらとんでもないことになりそうな気がする。身体から染み出した粘着質な液体が鈍く光っている。
「きっとね、人間の身体にならないとフェイズバンクには行けないんだよ。だってそのまま行ったらみんなびっくりするよ」
 そんなにはっきり言って大丈夫かしら。光子さんのくねくねが激しくなってきた。
「姉ちゃんはどう思う?」
 私を見上げるように言う信也君が恨めしい。
「光子さん、大丈夫よ。ランクアップをすればいいのよ」
 ランクアップの意味もやり方もわからないけど、慰める言葉を思いつかなかった。出まかせだと見破られそうな気がする。
「そうだよ、その通りだよ。僕と同じ方法だよ。僕は過酷な人生を選んでランクアップをするけどね、光子姉ちゃんは今なんだよ。ここでランクアップすればいいんだよ」
 信也君は、何かを発見したように、大きな声で言った。
「何? ランクアップって何のこと?」
 光子さんのくねくねが止まった。
「う~ん、心根かなぁ」
 信也君は小さな声で言った。自信なさそうに聞こえる。
「何それ、どういう意味なの?」
 光子さんは、小刻みにくねくねしながら訊いた。まるで、何かを期待している時の犬の尻尾のような動きに見える。
「いつも来てくれる先生が話してくれるんだ。人は心根が大事だって。心根が真っ直ぐで綺麗な人は、最後は人を幸せにして、自分も幸せになれるんだって。恨んだり妬んだり、欲張ったりすると曲がってくるらしい。光子姉ちゃんは心根が曲がっているんだよ。だから真っ直ぐにすれば人間になれるよ。きっとそれでランクアップできると思う」
 なんだか自分のことを言われているみたいな気がする。
「心根ね、よく覚えておくわ。でもどうすれば綺麗にできるのかしら」
「………わかんない」
 信也君は困ったように言った。光子さんもそれ以上は訊かず、自分の遺体を見下ろしながら、何かを考えているようだ。
「私ってね、言われてみれば、欲張りだし、妬んだり恨んだりばかりしてた。いつもそうなの。人のものばかり欲しがってたわ。大して好きでもない男でも、友だちの彼になると急に欲しくなるのよね。だから友だちはいなくなったわ。それでも悪いのは友だちだって思ってた。いつもそうよ、悪いことは全部人のせいにしていたわ。そんなことばかり繰り返していたの。中身は得体の知れない生き物だったのね。よくわかったわ」
 光子さんの身体のくねくねが止まり、表面の気持ち悪いイボイボが消え始めた。何でだろう。形も人間らしくなってきた。
「光子姉ちゃん、変わってきたよ、ランクアップだね」
 信也君が驚いている間にも、変化は速度を増し、私たちと同じ霊体になりそうだ。これって何なの? 信也君と顔を見合わせた。
「信也君ありがとう、わたしよくわかったわ。ランクアップってね、とても簡単なことだったのよ。気がつけばいいの。たったそれだけよ。原因に気がついただけで、つまり何て言うかなぁ、そう、ここが悪いって、見抜けばいいの。見抜くだけよ、そしたら勝ちなのよ。一瞬よ。人間って、変わる時は一瞬だってことがわかったわ。これが学習って言うのね。私がくねくねになったのは、このことを学ぶ為だったわ。学んでしまえばもうそのことは卒業だから、くねくねでいる必要は無くなったってこと。そして、次の学習が待っているの。これで私もフェイズバンクに大手を振っていけるわ。私も信也君みたいに過酷な環境で学んでみたいって思えてきた。こんなところで三日間もいたなんて信じられない。悪いけど早く行きたいの、それじゃね」
 光子さんはそう言うと、嬉しそうに消えて行った。


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