1843年にカナダで起きた殺人事件を題材にしたフィクション。作家は膨大な資料にあたってこの作を書いたというが、それでも、創作による一つの小説に仕上がっている。
グレイスは貧しい移民で、16歳のときに、女中をしていた家の主人を、馬番と共謀して殺したとされ、また、女中頭を殺したと疑われている。馬番には死刑が執行されたが、グレイスは年齢が若いことなどを理由に死刑が執行されず、精神病院や刑務所で何十年も過ごしたのちに、釈放されたという。グレイスが美人だったので、当時から、大変な話題だったらしい。さらに、グレイスが、逃亡先の宿で、堕胎手術で死んだ元同僚メアリーの名を名乗ったことや、精神病を疑われたことから、さまざまな想像をかきたてたと思われる。
結局、史実においては、グレイスが主人と女中頭殺しにおいて、どんな役割だったのかが謎のままになっている。事件自体について、英語のサイトを少しのぞいてみると、グレイスは多重人格者だった、グレイスはメアリーの霊に取りつかれていた、本当はグレイスは死んでいて、メアリーがグレイスになりすましていた、など様々な説があったらしい。
アトウッドは、真実に近づきたくて資料を調査したと思われるが、作品の中でも、明確な解釈は示されていない。この作品からうかがえる、最も近いものとしては、サイコパスのような自覚的な悪人ではなく、他人の痛みに魯鈍なボーダーライン的人物である。ひょっとして軽度の知的障害があったのかもしれない。創作の世界に入り込むより、事実はどうであったかということに強い興味を引く、独特の小説だった。





