「ほう、山登りのクラブねえ」 「山尾さんは山登りが趣味なんですか?」 頑治さんが遠慮がちに話しに割り込むのでありました。 「そうね。会社に入った頃は週末には必ず大きなリュックを背負って山登りしていたようだったな。ここのところは少し減っているみたいだけどね」 日比課長が水割りグラスを傾けながら頑治さんを見て応えるのでありました。 「そりゃあ彼女が出来たのなら、山の方は減るだろうし」 袁満さんが空いた自分のグラスに二杯目の水割りを自ら作りながら云うのでありました。見ていると大分に薄い水割りを作っているようでありますが、さっき酒には弱いと自ら云っていたのでありますから、これは均目さんに任せて濃くされるのを嫌っての事なのかも知れないと、どうでも良い事ではあるけれど頑治さんは推量するのでありました。 「でもその彼女さんは山登りのクラブで知り合った女の人なんだから、毎週末一緒に山登りに行っても良い訳じゃないですか」 均目さんが、こちらも自分の二杯目を作りながら袁満さんの説に異を唱えるのでありました。その水割りは袁満さんのよりは随分濃い琥珀色をしているのでありました。 「ああそうか。それもそうだなあ」 袁満さんが均目さんの異論に自説をあっさり引っ込めるのでありました。 「山で乳繰り合うよりも、互いの家とか新宿のこの辺やら池袋の安ラブホテル辺りにしけ込む方が金もそんなにかからないし簡単で良いんじゃないの」 日比課長が卑俗な笑い声を立てるのでありました。 「何時もスケベ一直線の日比さんじゃあるまいし、そんな理由で山登りを減らしているとは思えないけどなあ。将来の結婚のために出費を控えているのかも知れない」 「山尾君は結構体裁を気にする方だからそんな理由は噯にも出さないけど、でも案外本音はそう云ったところかも知れないぜ」 日比課長はあくまで卑俗に笑いながら自説に拘るのでありました。 「山尾さんが結婚されるのは何時頃なのですか?」 頑治さんが均目さんに訊くのでありました。 「確か今年の末頃とか云う話しだけど」 「へえ。まあ目出度い話しですね」 頑治さんも均目さん程度に濃い水割りを自ら作りながら云うのでありました。 「両部長と俺以外、ウチの会社の若い者で所帯持ちになるのは山尾君が最初だな」 日比課長が袁満さんの方に意趣有り気な視線を送るのでありました。「人一倍結婚願望が強いヤツの方は、一体どうなっているんだい?」 そう云われて袁満さんはグラスを口に当てた儘苦笑するのでありました。 「こればかりは縁のものだからね」 「縁も黙って待っているだけじゃ何処にも生まれないぞ。呑気にしていないで自分からガンガン意欲的に行かないと、何時まで経っても寂しい一人暮らしの儘だぜ」 (続)
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