『ド・レミの子守歌』 平野レミ 著
平野レミといえば、料理愛好家としておなじみの人。
高い声でしゃべり倒しながら、わりと適当にではあるが手際よく、
個性的かつ、とても旨そうな料理を作る。
変わった食材をほとんど使わないため、自分でもチャレンジしやすいのがいい。
また、味も栄養も抜群であることに加えて
作り手のサービス精神が詰まったレシピは、見るだけで元気になれる。
そんなレミさんは、実はシャンソン歌手だ。
そして、イラストレーター和田誠さんの奥さんである。
さらには、トライセラトップスのヴォーカル・ギター和田唱のお母さんでもある。
デビュー当時はおそらく秘密にしていたのだろうが、
和田唱が徐々に家族の話をし始めるようになったので、
今では多くの人が、彼がレミさんの息子であることを知っていると思う。
2009年のサマー・ソニックではじめてトライセラトップスのライブを観たとき、
和田唱があまりにもよくしゃべるので、
ああ、これは母親の血をまんま継いでいるのだな、と納得したのだった。
和田さんと結婚して、まもなく
長男である唱くんが生まれ、子育てに奮闘する日々を
レミさんは素直な文章でつづる。
妊娠・出産の話というものは面白いエピソードに事欠かないものではあるが、
それにしてもレミさんの妊娠・出産・子育ては面白すぎる。
なぜならば、レミさん自身がそのすべてを全身で楽しんでいるから。
初の出産にあたっての不安はもちろんあったけれど、それよりも
未知の事柄への好奇心と期待にあふれていて、読みながら
レミさんとともにいちいち驚いたり感心したりしてしまうのだ。
なかでも、いわゆるビッグネームたちとの交友関係のくだりが興味深い。
妊娠中のある日、玄関に知らない靴があり、
和田さんが「だーれだ?」というので「横尾忠則さん」と答えると、
本当に横尾さんだったとか、
永六輔さん作詞、八木正生さん作曲、デューク・エイセスの歌で
唱くんの誕生を祝って
「ウェルカム ミスター ショウ」という歌のテープを
贈ってくれたとか、エピソードの一つひとつがすごすぎる。
また、唱くんは子どもの頃、回るものがとにかく好きで、
扇風機や床屋のぐるぐる、テープレコーダーのリールなどを
プロのイラストレーターであるお父さんに
「かいて、かいて」とせがんでいたそうだ。
さらには、フランス文学者であるおじいさん(平野威馬雄氏)が、
「唱を見ないと死ぬ。あした、必ず唱を見せにきてくれ。それでないと死ぬ。
レミ先生」と手紙を寄越すくだりなど、
学者の先生も孫かわいさにこんな文章を書くのだなあ、と
お茶目さにぐっときてしまったりする。
両親と、周囲の人々ににぎやかに迎えられ、
いろいろな方面から愛情を注がれて生まれ育った唱くんは幸せだと思う。
そんな彼も、今では37歳。立派な大人になり、本書のあとがきを手がけている。
その中で彼は、自分が子供の頃、
授業参観に来ておとなしくしていられないレミさんを疎ましく思っていたという。
だが、本書を読んで、レミさんが理想的で人間的な母親であることに気づき、
「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん!」と謝るのだ。
メディアを通じてみるレミさんの姿はかなりユニークではあるが、
数々のエピソードが自らの言葉で語られると、
ただ思うまま感じるままに行動する人なのだということが分かり、また
あのレミさんにもこんなに若くて思い悩んだ時期があったのだなあ、と
何とはなしにホッとさせられる。
レミさんほど子どもを大切にして子育てに楽しみと喜びを見いだせる人は、
なかなかいないのではないかとも思う。
自分には子育ての経験がないし、これからもすることはおそらくないけれど、
こんなに楽しそうなら、子育てしておけばよかった、と
いまさらながらにちょっぴり思ってしまった。
……なんて原稿を書いているときに
トライセラトップスがラジオから流れてきて、
おお、シンクロ!と驚く。
唱くん、レミさんと和田さんの子どもで良かったね。
↧