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林望 謹訳源氏物語(27) 若菜(下-1)

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伝土佐光起筆 『源氏物語画帖』 若菜
 
 若菜(上)で、三の宮(源氏の二番目の妻)に横恋慕する衛門の督(太政大臣の息子)は、蹴鞠の催しで三の宮の姿を垣間見、慕情抑えがたくラブレターまで出す話でした。
 前回、女性が男性の前に姿を晒すということは、当時でははしたない事ではないかと書いたのですが、やはりそうでした。衛門の督が姉である弘徽殿女御を訪ねる件です。

弘徽殿女御の許に参って、四方山話などして鬱ぎがちの心を晴らそうと試みる。しかし、女御は、とても奥床しい嗜みのある人ゆえ、こちらが恥ずかしくなるほど注意深い応接ぶりで、まともにすがたを見せるような真似はしない。かにかくに、兄妹といえども、決して姿をみせるようなことはせぬのが習いだという

高貴な身分の人々の間では、兄弟であってもそうなんですねぇ。「女御」は帝の側室ですから、さらに厳しいんではないかと思います。従って、北の方である三の宮は、衛門の督に姿を見られたということを知って「源氏に叱られる」と思ったわけです。

 さぁその衛門の督です。何とか三の宮に思いを伝えたいと思うわけですが、彼女に使える女房にまで「身分が違う」と邪魔されて悶々の日々。三の宮を姿を見たのは、猫が御簾を引っ掛けて取り払ってしまったのが原因です。三の宮に会えないのならせめてあの「猫」ということになります。

ひたすらに悲観して、それなら、せめてはあの時の猫、あれを手に入れたいものだと思う。猫では心中の思いを語り合うことなどできぬけれど、せめて一人の閨の寂しさを慰めるよすがまでに、あの唐猫を手懐けてみたいものだ、とそんなことを思っては、狂気じみて、どうやったら盗み出せるだろうと思ったりもするのだった

かなり重症です。東宮を使って猫を献上させて横取りしてしまいます。

とうとう、この猫を探して手に入れ、夜も身辺を離さず共寝をする。
「ネョウ、ネョウ」  とたいそういじらしく鳴く。すると、督は、これを搔き撫でながら、〈寝よう、寝よう、と鳴くか……これではいよいよ思いが進むことよな〉と思って、つい苦笑が漏れる

猫と添い寝して、鳴き声を「寝よう寝よう」ですから、これはもう狂気の世界です。髭黒の元北の方の兵部卿宮は、孫の真木柱と衛門の督との縁談などを考えたりするのですが、衛門の督は猫のほうがいいのか素振りも見せません。おれの孫は猫以下か、と兵部卿宮が嘆くわけで、笑います。

 真木柱は髭黒の一人娘で、「玉鬘事件」の際北の方が実家に連れて行ったのでした。両親の離婚で辛い身の上となった姫君です。兵部卿宮は、衛門の督が駄目なら蛍兵部卿の宮はどうだろうと工作します。この人も「玉鬘事件」で髭黒に敗れたひとりです。源氏の弟で、妻に先立たれた男やもめですからけっこうな歳です。玉鬘の後、三の宮にも思いを寄せるのですが、これも源氏に取られ実現しませんでした。こうした話は世間に知れていますから、いい加減に身を固めようと真木柱に妥協したようです。
 蛍兵部卿の宮は真木柱のもとに通い始めるのですが、もうひとつ乗り気にならないようで兵部卿宮は心配し、父親の髭黒は「あんな好きもの」と一緒にさせようとするからだと元岳父を呪うわけです。それでも何とか夫婦関係が続いていったようで、真木柱については、まずは一件落着。
 どうということのないエピソードですが、紫式部は、「玉鬘事件」のその後日譚としてフォローするわけです。

 と突然に、帝(冷泉帝、実は源氏の息子)が二十八歳で退位します。体調不良もあり、気楽に暮らしたいということのようです。帝の位は、東宮(皇太子)である朱雀院の息子が継ぎます。東宮の后は明石の御方の娘=源氏の一人娘・明石中宮です。『澪標』で、源氏の子供はひとりは帝に、ひとりは后に、ひとりは大臣になるという予言がありましたが、この予言通りになります。
 帝の退位に伴って太政大臣は引退し、髭黒の左大将が右大臣に、右大将の君は昇任して大納言となり、同時に髭黒の後任の左大将になります。また、明石中宮の長男が東宮になります。

明石中宮:源氏の一人娘
東宮:源氏の孫
右大臣:髭黒の現北の方は源氏の養子
左大将:源氏の息子

源氏自身は準太上天皇ですから、源氏一族の反映はここに頂点を迎えます。

 源氏は、

住吉の明神へ明石の入道が立てたもろもろの願が、今現実のものとなりつつあることへのお礼参りを、そろそろ果たすべき時がきたと源氏は思い立った。

明石入道は、源氏が須磨に蟄居している間に知り合った人物で、明石の御方の父親です。かつては都でそこそこの地位にあった人ですが、宮中の暮らしに嫌気がさして明石に引っ込みます。入道は、ひとり娘が栄達することを住吉大社に願をかけ、須磨にやってきた源氏に娘を託すわけです。都に上る娘に奥さん(明石尼君)を付け、自分は明石でひとり暮らし。娘と源氏の子、明石の姫君が東宮に嫁し男児を産んだことを知って、「事なれり」と山奥に隠棲してしまったというかなり変わった人物です。

 最高権力者、源氏の住吉詣ですから華やかなことこの上なし。紫上を始め女君も同行し、源氏一族が揃って詣でます。明石御方の要望で明石尼君も参加。夫の入道同様、娘、孫の栄達で尼君にとっても「生きていてよかった」という日々です。これを知って、

幸運な人を指して「明石の尼君」と称えるのが常套句となったほどの騒ぎであった。
されば、あの引退した太政大臣の落とし胤、近江の君などは、お得意の双六を打つ時には、いつも「明石の尼君、明石の尼君」と叫んで、賽の目の幸運を祈った

あはは(リンボウ先生の「うふふ」の真似)、近江の君は相変わらず双六をやっているみたいです。

 住吉詣も終わり、女君それぞれの静かな日常が綴られます。

紫上:東宮のすぐ下の妹宮女一の宮を、紫上は、せめて自分の手元に引き取って、大事に大事に愛育している。

花散里:紫上がこのように、何人もの孫宮がたを愛育しているのを羨ましく思って、自分が親代わりになって育てた源氏の嫡男左大将が惟光の娘の典侍に生ませた娘三の君を、無理無理に懇望して引き取り、これを大切に世話している。

明石の御方:明石女御にも、また左大将にも、外孫内孫とりまぜて次々と数多い孫を持つ身となり、今では、ただただこの孫たちを慈しみ養育して、所在ない日々の慰めとしているのであった。

玉鬘:玉鬘も三十二歳、すっかり臈長けた婦人となって、源氏も昔のような色めいた方面はもう思い離れたと見えるゆえ、折々に、六条院へも安心して参上しなどするのであった。  そこでは、紫上とも対面して、まことにこれ以上は望めないような睦まじさで語り交わしている
 
女三の宮:そういう夫人がたのなかで、一人だけ以前に変わらず幼げでおっとりとして過ごしている。
 
 源氏に翻弄?された女君たちも、孫子の養育に明け暮れるという静かな生活をおくっているようです。玉鬘も、もう源氏のセクハラがなくなって安心。源氏も40歳ですから、愛妻・紫上、おさな妻・三の宮をかかえ、玉鬘は諦めたのでしょう。
  
明石女御のことは、もはや帝の手に委ねてすっかり安心だと、源氏は思っている。そこで、ただこの三の宮ばかりを、なかなか安心にも思えず、まるで幼い実の娘のように、せいぜい大事に養育しているというわけであった。
 
そうした源氏の様子をみて紫上は、
 
〈……当面は、源氏さまお一人が大事にしてくださること、決して他の人に劣るものではないけれど、それでもこの先どんどん年を重ねて老いてゆくことを思えば、いずれは頼みの源氏さまのご寵愛も衰えていくに違いない……そんな辛い目を見る前に、自分のほうから世を捨ててしまいたい〉
 
と、絶えずそのように思い続けている。

 第6巻、若菜(下)まで来ました。困ったことに、第7巻以降のkindle版はまだ発売されていないので、これを読んでしまうと後がないわけです。 

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