「ああそうですか。ずうっと奥まで私一人で、いや、一亡者でトボトボと、及び腰で歩いて行かなければならないわけではないのですね?」 「そのようです。尤も、私は体験したことがないので、絶対そうだとは請けあえませんが」 「それはそうでしょうがね」 「ええと、それからこれは、・・・」 逸茂厳記氏が拙生に小函を差し出すのでありました。「閻魔庁の渡河船出発ロビーでお預かりしました冥途の土産です。あそこに座っている洞窟内の受付の鬼に、閻魔庁から貰った、娑婆に持って帰るお土産だと申告してください」 「ああ、審問官さんと記録官さんにいただいた湯呑ですね」 拙生は軽いお辞儀をしながら小函を受け取るのでありました。「色々お世話になりました。お節介かもしれませんが、どうか志柔エミさんと、宜しくやってください」 「あ、いやどうも、ご心配、痛み入ります」 逸茂厳記氏が照れるのでありました。 「それから発羅津さんも藍教亜留代さんとの幸せなゴールインを祈っております」 「これはどうも、有難うございます」 発羅津玄喜氏が拙生に一礼するのでありました。「逸茂先輩と志柔エミさんの行方も私の方で、あれこれ面倒を見ますから、どうぞご安心ください」 「序に、楚々野淑美さんにも、楽しいひと時でしたとお伝えください」 「判りました。屹度そう伝えます」 「補佐官さんも、しなくても良い億劫な仕事を機嫌よくしてくださったり、こんな辺境みたいな処までおつきあいいただいたりで、何と感謝の言葉を云って良いのか判りません」 これは補佐官筆頭に向かって云う、拙生の感謝と別れの挨拶の言葉でありました。 「いやとんでもありません。無難にここまで到った事を嬉しく思っております」 補佐官筆頭が拙生に一礼するのでありました。 「香露木閻魔大王官さんにも、一方ならぬお骨折りをいただいて、私が大いに感謝していたと云う風にお伝えください。また次のお逢い出来る機会を楽しみにしています、とも」 「そのように申しておきます」 補佐官筆頭は先程よりも少し長い一礼をするのでありました。 「名残は尽きませんが、それでは皆さんお元気で」 拙生は最後の言葉を口にして、三鬼に夫々手を上げて見せるのでありました。 「どうも。早々のまたのお越しを、首を長くしてお待ちしております」 三鬼は口を揃えてそう云って、タイミングをあわせて一緒に瞑目合掌するのでありました。拙生も同じように瞑目合掌しながら一拍遅れて一礼するのでありましたが、しかし折角娑婆に戻るのでありますから、早々の再訪を、そんなに首を長くして待たれるのも、有難いような有難くないような妙な気分であると、下げた頭の中で思うのでありました。 拙生は亀屋技官につき添われて洞窟内に入るのでありました。拙生と亀屋技官の姿を認めて、よもつのしこめ姐さんが顔を少し上げるのでありました。 (続)
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