<目を覚ましていなさい。信仰に基づいてしっかり立ちなさい。雄々しく強く生きなさい。何事も愛をもって行いなさい。(13.14節)> 「目を覚ましていなさい」という勧告は、主イエスが弟子のぺトロたちに「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい」と何度も諭されたことが思い起こされる。パウロは更に「信仰に立って」と忍耐を促し、「雄々しく強く生きなさい」とコリントの信徒たちを励ます。 パウロはエルサレム教会に献金を届けるにあたって「わたしも行く方が良ければ…」と語っているが、実際、パウロは同行してエルサレムに上ることになる。それは、命をかけてのことだった。 「わたしは“霊”に促されてエルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、なにもわかりません。ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げて下さっています。しかし、自分の道を走りとおし、また、主イエスから頂いた、神の恵みの福音を力強く証するという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。(使徒言行録20章)」 パウロはエルサレムに向かう旅の途上で、エフェソの教会の長老たちを港に呼び、エルサレムに行くにあたっての決意を語り、訣別の辞を述べている。「人々は皆激しく泣き、パウロの首を抱いて接吻した。特に、自分の顔をもう二度と見ることはあるまいとパウロが言ったので、非常に悲しんだ。人々はパウロを船まで見送りに行った。」と使徒言行録は続く。 パウロの異邦人伝道にとって、最大の妨害者はユダヤ人たちであった。彼らの信仰の本拠地であるエルサレムに上ることは、敵対する者たちのただ中に、その身を投ずることであった。事実、エルサレムでこの献金を届けた結果、彼は暴動に巻き込まれて捕らえられた。暴動のきっかけは、ユダヤ人たちが、パウロが神殿を汚したと言って民衆を扇動したことにあった。 パウロは捕らえられて獄中の人となり、ローマに送られ、そこで生涯を終えた。「エルサレム教会の人々に対して、パウロはお金だけではなく、その命を届けたのである。彼は物を与えることだけでエルサレムに上ったのではなく、自分自身の命を献げることを願ったのである。これが献金のまことの志であり、他の肢体のために重荷を負い、助け合う真の姿なのである。」と解説書は説く。 パウロはコリントの信徒たちに、テモテとアポロについて語る。アポロは、有能で雄弁な伝道者であったので、コリント教会でアポロ派と名乗る者が現れ、教会の分派の発端になった。それで彼はコリント教会に今は行く意思がないとパウロに伝えていた。 彼に代わってコリント教会に派遣されるテモテは、この時まだ三十歳代であった。テモテはユダヤ人キリスト教徒の母とギリシャ人の父を持つ。パウロは彼を伝道旅行に同行したかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、まず彼に割礼を受けさせたという記事がある。パウロにとってテモテは、福音のために働く同労者であり、真実な子と等しく親愛の念をもつ弟子であった。 「テモテは、自分のことを求めるのではなく、まずキリストのことを求める練達したクリスチャンであった。年若い彼の十年近いパウロとの伝道旅行は、患難の連続、死を覚悟することが幾度もあった。このような体験が彼を、真のクリスチャンに変えていったのである。」と解説書は説く。 「患難は忍耐を生み、忍耐は練達を、練達は希望を生む」確かにそうらしい。 日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。
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