「日本書紀」 (岩波文庫) 神代から持統天皇の御代までの出来事を、編年体で記した日本最古の正史です。 天武天皇の命で始まり、後にその子である舎人親王が、全30巻にまとめました。 岩波文庫版は、右ページに書き下し文、左ページに注釈があって見やすい構成。 後半に、補注と原文等が200ページも続きます。それなのに、現代語訳が無い!
「古事記」も「日本書紀」も、天武天皇によって編纂が開始しされた史書です。 紆余曲折があって、「古事記」が712年に、「日本書紀」が720年にできました。 それにしても、どうして同じ時期に二つも史書を作ったのか? 高校時代の「文学史」の教科書では、次のように説明されていたと思います。 「古事記」は国内向けに書かれた。だから内容は物語的である。 「日本書紀」は国外向けに書かれた。だから編年体で書かれている。 しかし私は現在、こう思っています。そもそもこの二つはジャンルが違うのだと。 だから天武天皇には、史書を二つ作るという意識は無かったのだと思います。 「古事記」は史書というよりも、口承されてきた叙事詩のようなもの。 だから「古事記」は、作られたというより、ただ漢文で文字化されただけです。 その反面、「日本書紀」は最初の史書として、大々的に作られたのでしょう。 その結果、全30巻という、気合いの入ったものとなったのではないか。 そして、「日本書紀」ののち「続日本紀」「日本後紀」と続いて行き・・・ というのが、私の勝手なイメージです。 さて、最近、読書の時間がないので、昔読んだ本の紹介ばかりになっています。 前回の「古事記」も、今回の「日本書紀」も、11年前の2006年に読んでいます。 「古(いにしへ)に天地(あめつち)未だ剖(わか)れず、陰陽(めを)分かれ ざりしとき、混沌(まろか)れたること鶏子の如くして、・・・」(冒頭) 今さらながら驚きました。なんと、私は「日本書紀」を原文で読んでいたのです。 しかも、それなりに楽しんで読んでいたらしい。至る所に傍線が引いてあるので。 本来なら、口語訳ですませるはずです。どうしてわざわざ原文に挑んだのか? その理由は・・・当時、八木荘司の「古代からの伝言」にはまっていたからです。 この本はめちゃくちゃ面白くて、日本書紀の原文にあたってみたくなったのです。 つまり「日本書紀」は、「古代からの伝言」の参考文献として読んでいたのです。 なお、「日本書紀」の現代語訳は、講談社学術文庫から出ています。 とても分かりやすい訳です。 さいごに。(クラスリレー) 娘のクラスは、学年で一番、走るのが速い子ばかりが揃っているクラスです。 当然、体育大会のクラスリレーは一番になるとばかり思っていたのですが・・・ リハーサルでは、ダントツのビリ。ある子がバトンを落としたので。 だから、リレーはおもしろい。↧







