当然のことだがカード会社への請求は遅れることなく今月分でカウントされた^_^; トホホ・・・(+_+) 【読んだ本】 松本清張『長編推理小説 雑草群落(上) 松本清張プレミアム・ミステリー』(光文社文庫,2014) 松本清張『長編推理小説 雑草群落(下) 松本清張プレミアム・ミステリー』(光文社文庫,2014) 上巻を読了し、目当ての下巻に入った(^^) 本作品は文春文庫版で2回も読み、面白かった記憶とともに、 「下巻11頁」なる記録が手帳に残されてる(@_@) 三読目なのに冒頭から全く憶えがなく、デパートの場面 まで来て、おおざっぱな展開は思い出した^_^; でも、楽しみながら読めてる(^^) 前に気になった個所は 本書下巻の12頁の台詞で、「その点、どこか考古学と似ているね。現在の考古学は、いままで発掘された ものだけを対象にしてものを言っている。だが、将来、これまでになかったものが出れば、学問だって がらりと変わると思うんだ。君のいうとおり肉筆浮世絵の新しいものが出てくれば、こりゃ、ぼくらの ほうだって従来の説を訂正しなければならなくなるかもしれないね」(^^) ついでに上巻にも「およそ、 立身出世談は、最後には大成功者となるとわかっていながら途中の苦労話を聞くのだから、たいそうな 読み物である。これはいかなる文豪の書く小説も及ばない。大体、結末が初めからわかっている小説は 読む気がしないものだが、こういう立志談は最後に輝く成功がそびえているので、読者は安心して感激 できる。」(221~222頁)とあるが、「結末が初めからわかっている小説」の歴史小説はどうなんだ(..) 同じような主人公の独白として「近ごろは、イヤらしい小説がはやる。メスとオスの出合いかのように、 男女がすぐにくっ付き合う。意味もなく抱き合うのを克明に文章にして売るのだから、小説家もあきれた ものである。筋も何もあったものではない。ただ獣欲をあおるような扇情的に筆つきを弄せばいいと心得 ている。まったく世の中も堕落したものだ。これでは青少年がよくなってゆくはずはない。非行の若い者 がふえるはずだ。」(231頁)とあり、山本容朗『作家の生態学』(文春文庫,1985)の指摘の通りか^_^; 445頁には〈絵描きは「追求」という言葉を使う。洋画家に多いが、たとえば、マチスを追求するとか、 ピカソを追求するとか、よく言う。つまり、対象の画家に迫るため執拗にその技術を習得するわけだが、 言葉を変えて言えば、それはエピゴーネンという名の模倣であり、真似であり、無断借用である。/この点、 画家は幸福だ。他の芸術の世界、たとえば、音楽にしても、詩、小説にしても、そういうことをやれば、 すぐに追随だとか剽窃だとかいわれる。せいぜいよく言って「下敷き」だが、絵の世界では他人の真似も 「追求」という言葉で許される。〉___φ( ̄^ ̄ )メモメモ 恥を曝すようだが、425頁の「―――さては和子から 聞いた島村という男の線からかな、と思った。」の「島村」が誰だか分からぬ(..) 図書館の本ゆえ 伏線や初出の人物に付箋を貼ることなく読み進めたから見落としてしまったらしい(+_+) ついでに、 「ちょっと、一言いいですか?」(._+ )☆ヾ( ̄ヘ ̄; )連発して「ちょっと、一言」じゃねーだろっバシッ! 上巻55頁「庄平は、管理人の案内で部屋を見せてもらった。2DKだ。六畳に四畳半の和室、八畳ぐらい の広さのリビングキッチンである。」は校閲ミスかね^_^; 間取りに疎いので、合ってるなら謝るm(__)m 窪田空穂『完本新古今和歌集評釈』上(東京堂出版,1964)所蔵本 明日の最高気温が19度との予報(゚ロ゚;)
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