<イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」(21節)> 2人の弟子が「空の墓」を見届け、ほかの弟子たちにその事を伝えた日の夕方、彼らは「ユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち『あなたがたに平和があるように』と言われた。(19節)」 「主イエスの復活は人間の恐れを打ち破っていきます。しかし、人とは不思議なもので、希望を受け止めきれず、かえって敵対者の出方を気にして弱気に陥ったりします。弟子たちもまだその恐れを克服できずにいました。その恐れを打ち破って下さったのも、主イエスご自身でした。復活の主にある平和を示されて初めて、人は弱さと恐れから離れ、奮起する勇気が与えられるのです。」と井上牧師は書き出される。 主イエスとの関わりを追及されることを恐れ、固く鍵をかけて家に閉じこもる弟子たちの真ん中に主イエスは立たれた。そして「あなたがたに平和があるように」と言われると、釘で傷ついた手と槍で刺された脇腹をお見せになった。それを見て喜ぶ弟子たちに重ねて「あなたがたに平和があるように」と言われた。 そして主は、あなたがたはその平和を伝えるために遣わされた者になるのだと励ましを与え、務めを果たすために助けが与えられることを一人一人にわかるように話された。その言葉に弟子たちは「新しい命」を与えられ、彼らも復活した。 「死から蘇られた主イエスの復活」と「絶望と恐怖から蘇った弟子たちの復活」。復活とは、死んだ者を蘇らせるだけではなく、今、生きている者を、根底から変える力を持つ。主イエスは弟子たちを祝福し、彼らに伝道の使命を与えられた。」とO牧師は説かれる。 「聖霊を受けなさい。誰の罪でも、あなたがたが赦せばその罪は赦され、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。(23節)」と主イエスはいわれた。 聖霊を授けたことによって、主イエスは弟子たちに罪を赦す力と権威を与えられた。神のみが罪を赦すと信じられていたが、主イエスは、これからは主イエスに従う者たちがそれを担うのだと説かれた。教会の罪を赦す権限も、主イエスの派遣によるのだとパウロは説いている。 私たちの教会では、戦争中に時の権力に屈して礼拝を持ち、十戒の第一と第二の掟に背いた事を今まではっきりと言葉にして悔い改めてこなかったことを反省し、今年の総会ではその事が取り上げられることになった。 過去の罪をはっきりさせるのが目的ではなく、今、政治的状況に流されてしまいそうな自分たちの信仰を、主イエスの復活に与って立ち帰ることが緊急の課題だからである。 連綿と続く教会の歩みは、何度も罪を犯してきた。けれど、そのたびに悔い改めて主のもとに立ち帰ることが赦されてきた。 日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。
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