<そこでピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかし、ユダヤ人たちは叫んだ。「もしこの男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています。」(12節)> 「ピラトが主イエスに「何の罪も見いだせない」と言ったのは、あくまで力の観点からの発言でした。主イエスが無力と判断したのです。ローマにとって脅威にならないし、ユダヤの指導者たちの宗教的な勢力争いに興味がないというのです。」と八田牧師は説かれる。 ピラトは主イエスを鞭で打たせた。兵士たちは茨で冠を編んで主イエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ「ユダヤの王万歳」と言って平手で打った。 血にまみれ、王位を表す紫の衣と茨の冠姿の主イエスを、ユダヤ人たちの前に引き出し「見よ、この男だ」とピラトは言った。その姿を彼らに見せ「王を象徴する衣装を着せられながら、鞭うたれ血を流している滑稽で惨めな、このような無力な者が、ローマの権力に反抗する反逆者であるはずがない」ことを彼らに納得させようとした。 しかし、祭司長たちや下役は「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない」と言った。すると、ユダヤ人たちは「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪にあたります。神の子と自称したからです。」と答えた。 ユダヤ教の教義や祭儀は、ローマの繁栄を祈る限り尊重されていた。その公認を受けたユダヤ教の教理に反する行為は死罪に相当すると主張した。「かつて、神の恵みに感謝して生きる道標であった律法が、単なるへ理屈の道具に堕した瞬間です。」と八田牧師は説かれる。 事柄はローマの法律解釈、総督の裁量権の問題となってきた。ピラトが判断を下すためには、後で責任を問われることのないように、法的な裏付けや事実確認が必要となった。「お前はどこから来たのか」と問い「わたしに答えないのか、お前を釈放する権限も、この私にあることを知らないのか。」とピラトは苛立つばかりであった。 主イエスは「(ピラトには)神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ」と答えられた。主イエスにとって神ご自身のご計画「敵の手に引き渡され、十字架につけられ三日目に復活する」が成就すべきことであった。 ピラトは主イエスの釈放を考えるが、その考えは「皇帝に背くのか」の怒号でかき消されてしまう。 ポンテオ・ピラトは使徒信条で聖日ごとに口にする名前である。マタイ書では、「自分は主イエスの死に関係がない」ということを示すために群衆の前で手を洗う。それを根拠にキリスト教徒が神の子を十字架にかけたのはユダヤ人だとして迫害した歴史もある。 自分には分かっていたがあの場では反対できなかったというのは、みんなポンテオ・ピラトだと思っていい。 日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。
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