マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 冲方 丁
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/10/08
- メディア: 文庫
マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustion 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 冲方 丁
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/10/08
- メディア: 文庫
マルドゥック・スクランブル The 3rd Exhaust 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 冲方 丁
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/10/08
- メディア: 文庫
評価:★★★★
実は、十年くらい前に出た文庫版の時、読みかけたんだけど
1巻目、それも最初の数十ページで挫折してしまったんだ。
で、今回〔完全版〕と銘打って再刊されたものを読んでみたんだが・・・
なんと最後まですらすら読めてしまったよ。
前回読み通せなかったのは、
作品のせいなのか私のせいなのか・・・たぶん私のせい。
文庫で3冊、計900ページに及ぶ作品だが、
ストーリーラインは至ってシンプル。
エンターテインメントでは王道のパターンが二つあるという。
一つは「宝探し」。
そしてもう一つは「復讐」であり、それがこの物語の背骨でもある。
舞台となるのは、港湾型重工業都市であるマルドゥック・シティ。
陰惨な家庭環境に育った15歳の娼婦・バロットは、
彼女を買った賭博師・シェルの犯罪行為隠滅工作に巻き込まれて
乗っていた車が爆発・炎上、瀕死の重傷を負わされる。
彼女を救ったのは委任事件担当官のウフコックとドクター・イースター。
人命保護を目的とした緊急法令「マルドゥック・スクランブル-09」が発令され、
法的に禁止された科学技術の使用が許可される非常事態を適用、
バロットは人工皮膚をまとい、高度な電子干渉能力をもつ存在として再生する。
(「仮面ライダー」「サイボーグ009」のような
改造人間みたいなものと思えばいいかな。変身こそしないけど。)
甦った彼女は、自らの存在の抹消を図った "敵" に挑み、戦う。
そして、その中で常に自問する。
「なぜ自分だったのか」「自分はここにいてもよいのか」
戦いの中で彼女が自らの存在意義、自己の尊厳を見つけ、
それを確立していくまでがつづられる。
文庫で三分冊なんだが、必ずしもストーリーの節目と分冊が対応してない。
物語は、全体で大きく四つのパートに分かれる。
起承転結と言ってもいいかもしれない。
「結」では、文字通りすべての決着をつけるべく、
壮絶な戦闘シーンが描かれるのは、まあお約束なんだが、
この物語で特筆すべきはその前の「転」の部分。
シェルの犯罪を立証する決定的証拠が、
カジノに保管された100万ドルチップに隠されていることをつかみ、
それを手に入れるべくバロットはカジノでの大勝負に挑む。
2冊目の中程から3冊目の前半にかけて、ページ数において約300ページ。
つまり物語全体の約1/3がカジノでの勝負に費やされているのだ。
ルーレット、ポーカー、ブラックジャックと、
次々にステージを上げていくバロットの戦い。
私はギャンブルや賭け事、カードゲームにはとんと疎くて、
ポーカーだって、知ってる役は半分くらい。
ブラックジャックに至ってはルールすら知らなかった。
物語中で説明されてはいるのだが、今ひとつぴんとこない。
でも、そんな私でもこの300ページは手に汗握り、興奮して読ませてもらった。
しかも、その勝負シーンがちゃんとSFになってるところが凄い。
冲方丁という作家は、只者ではないと思ってたが、
まさにそれを思い知らされた。
「天地明察」が話題になって世間の知名度も上がったが、
あれは言ってみれば「静の冲方」。
この「マルドゥック-」は「動の冲方」と言えるかも知れない。
あと、この小説を語るには、
ウフコックというキャラについても触れなければならないのだが
もういい加減、長い文章になってるし、あえて書かなくてもいいかなと思う。
(他の人の書評を読めば、きっと詳しく紹介してあると思うし。)
でも一言だけ書いておこう。
SFやらサイバーパンク的ガジェットやらがてんこ盛りの作品なんだけど、
バロットとウフコックの心の交流こそが、
いちばんの読みどころであり、いちばんの感動ポイントであることを。