『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』 マーティン・ファクラー 2016/02
著者はNYタイムズ東京支局長を経て日本再建イニシアティブ主任研究員。 日本のメディアはジャーナリズムを守ろうとしていないという本。
健全な民主主義が機能するうえで重要な権力のチェック機能を果たすはずのメディアが、第二次安倍政権誕生以降、腰砕け状態に陥ってしまっている。組織防衛を優先するがゆえジャーナリズムを放棄するという、信じられない現実が新聞やテレビといった大手メディアの内部で雪崩のように起こっている。
安倍政権には「どう報じられるか、自分たちがコントロールしたい」という意図があるのだろう。政権に協力的でないメディアは無視したり、わざと取材を後回しにしたりして距離を置くわけだ。官邸ではテレビや新聞を毎日細かくチェックし、官邸にとって気に入らない報道があれば担当者に電話をかけ、直接釘を刺すと聞く。
安倍政権のやり方はなかなか賢い。権力との癒着がなければ、記者クラブメディアの取材活動は成り立たない。その弱みをきちんと理解しながら、「オフレコ」の懇談会の場で一番痛い急所を衝く。
日本の主なメディアのトップや幹部は、安倍首相と頻繁に食事をしている。一国の総理大臣と個人的にテーブルを囲むとなれば、つい舞い上がってしまう人物も中にはいることだろう。
政権がメディアをコントロールしたいと思うのは当然だ。私はメディア・コントロールに努める安倍政権よりも、やすやすとコントロールされるままでいる日本のメディアに強い危機感を覚えている。 政権に批判的な記事を書いた結果、官邸へのアクセスの制限や取材拒否に遭えば、そのときこそメディアにとっての大チャンスのはずだ。権力の不当な振る舞いを批判できる機会を与えてもらったようなものだ。
記者から次々とタフな質問を浴び、完全にアドリブで答えていく。これが民主主義国家のあるべき記者会見のスタイルだ。安倍首相の記者会見は、この理想からあまりにもほど遠い。
第一次安倍政権や第二次安倍政権成立時のほうが、慰安婦に関する日韓の報道量が激増している。朝日新聞が慰安婦問題を国際社会に広めたのではない。安倍政権が慰安婦問題を国際社会に広めたのだ。 なぜ会社の垣根を超え、権力と対峙して(圧力を受けている)朝日新聞を擁護しようとしないのか。このジャーナリズム精神の欠落こそが、日本の民主主義に大きな危機を招いている現実をメディアの人間は直視しないのだろうか。
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安倍政権にひれ伏す日本のメディア
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