(あらすじ)
成績不振の写真部員設楽洋輔は、眉目秀麗で天才で変態の岡江和馬の勉強指導と引換えに、鳥好きの美少女愛香の盗撮を請け負う。そんな中、人が不可解に消える事件に巻きこまれ…。必笑の青春ミステリ。 (集英社 コミックス・書籍検索サービスBOOKNAVIより)
感想は追記にて。
(感想)
『消失グラデーション』で第31回横溝正史ミステリ大賞 大賞受賞してデビューした作者の3作目。『消失グラデーション』『夏服パースペクティブ』が、主人公である樋口真由を中心としたシリーズであるのに対して、本作は別のシリーズになります。シリーズ化されたら、フェティシズムシリーズとなるか、盗撮シリーズとなるか、はたまた野鳥シリーズになるか。
本作を見てまず気付くのが表紙。非常に可愛らしいイラストを用いたポップなものとなっています。作者のこれまでの2作が、芸術的で印象的なフォトグラフのようなものとなっていたのに対して一転、といった印象です。
帯には「必笑『本格』ライトミステリ」と銘打たれています。「ライトミステリ」でググって見ると、『ビブリア古書堂の事件手帖』がけん引!人気は“ショップ系ライトミステリー”なんて日経トレンディネットの記事が見つかります。ところが、ライトミステリを定義って、どうなんだろう、と思ってしまうわけです。
前述の日経トレンディネットの記事を見ると、
“ショップ系ライトミステリー”とは、店主(あるいは店員)が謎を追う、軽い読み口のミステリーのこと。
と書かれていますので、ライトミステリは、主人公が謎を追う、軽い読み口のミステリ、と定義することができます。さらに付け加えるなら、傾向として謎は「日常の謎」である、ということも付け加えられるかも知れません。しかし、私が読んだことがある作品だと、『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』は、ライトミステリを歌っていますが、殺人事件を取り扱っています。
そんなわけで、個人的には「ライトミステリ」と言われると、一体何が「ライト」なのかを考えてしまいます。本作はさらに「本格」ライトミステリなんて銘打っているので、何がなにやら、といった感じがします。
さて、本格ライトミステリを謳った本作ですが、アプローチ的には、ライトノベル的キャラクター+日常の謎、と言ったところではないかと思います。そして、そのアプローチで「ライトミステリ」を考える上で、お手本となるような、見事な作品であったように思います。
タイプ的には、「古典部シリーズ」「小市民シリーズ」(共に米澤穂信作品)と感じました。「樋口真由」シリーズでは、キャラクターはさほど強くなかったように感じたことから、作者の新しい一面を見ることができたように思います。最も、Wikipediaの作者の項を見ると、
一時期ライトノベルを書いていたこともあり、そのことによってキャラクター作りの大切さに気付いたと語っている。
と書かれており、キャラクター性を押し出した、ライトノベル的アプローチを取ったのも自然のことかも知れません。
ただ、ライトノベル的キャラクターと言うと、突飛なキャラを思い浮かべる人が多いかも知れません。ただ、本作はあくまでもキャラクターの個性付けを少し強くする、と言ったところで、そこまで飛び抜けたキャラはいません。主人公である設楽洋輔は、ラストエピソードで若干黒いところを見せるところが有りつつも、個性はあまり感じられないかも知れません。帯には「成績不振の草食系写真部員」とされていることから、ある意味ライトノベルの主人公的キャラと言えるかも知れませんが。サブキャラクターの中には、個性が強すぎるものもいますが、そういう面では、キャラクター性を若干強くした、という所が正確かもしれません。
そして、ミステリ部分。帯には「消失の謎」を捕縛せよ!なんて書かれています。思えば作者のデビュー作は『消失グラデーション』でした。そのため「消失」にこだわったミステリを描いたのか、と言うところでしょうか。まぁ、デビュー作に関しては、「消失の謎」は完全におまけだったような気がしますが。そこはご愛敬でしょう。
ところで、「ライトミステリ」には、「設定や謎解きが簡単」という考え方もあるようですが、本作は「本格」としているだけに、謎解きとして歯ごたえが有り、ミステリの醍醐味を味わう話もあります。ラストの話であり、タイトルともなった「上石神井さよならレボリューション」は、読者の裏の裏をかくようなものとなっていますし、ちゃんと最初から読んでくれば解けない謎にはなっていないという絶妙なさじ加減のミステリになっていたのではないでしょうか。
ただ、一方では「落合川トリジン・フライ」「残堀川サマー・イタシブセ」なんかは、思わず「おいおい」と突っ込んでしまうところがあるような、非常に簡単な謎となっています。人によっては、「なんだそれ!」と言ってしまうかも知れません。
ただ、私はこのような発想の逆転があるようなミステリもおもしろいと思いました。特に、「残堀川サマー・イタシブセ」。この話は、米澤穂信さんの「おいしいココアの作り方」(『春季限定イチゴタルト事件』収録)を想起しました。あの話は、登場人物の性格が見事にマッチして、話の裏を読もうとする読者をあざ笑うかのような単純なオチが待っていたわけですが、この話もまさに、裏読みをしようとする読者に対して、正面から挑戦するようなオチでした。案外、こう言う結末こそ、読者の記憶に残るのではないでしょうか。一方、「落合川トリジン・フライ」の解決までの流れは、ミステリのお約束破り、という感じもして面白いです。
ラストである「上石神井さよならレボリューション」の謎を解くためには、この話で提示された発想が必要になる、という所もまた面白いところです。その話では、探偵役の岡江和馬が謎の仕掛け人である設楽洋輔に対して「君らのフェアプレイ精神には感じ入るよ」(P.309)と述べています。そういう意味では、この作品全体が、読者にフェアであったようです。
ミステリとしては、毎回場面の見取り図が提示されるので、読者には大変親切な作りになっています。欲を言えば、例えばがけが出てくる話では、がけの高さがあると嬉しいなぁ、などと考えましたが、物語の謎に挑戦する上では十分なものだったかと思います。非常にライトなものから本格的なものまで。様々な味を楽しめ、ミステリとしても非常に楽しい作品でした。
キャラクターをみても楽しめ、ミステリとしても楽しめる。ライトミステリの作品は数多く出版されていますし、ヒット作も多くありますが、その中にあっても見劣りすることのない、面白い作品であったと思います。作品内の時間では、主人公が高校1年生の終わりから、高校2年生の終わりまでとなっています。高校時代を描くなら、まだ1年の猶予がありますし、是非とも続編を期待したい作品です。