「自分もそう思いますが、まあ気にもしません。判っている人には判っている事ですから。それにそんな戯言につきあっている暇もありません。云いたい奴には云わせておけば良いのです。勿論、男が廃るからこちらは一切何も反論しません」 「流石に花司馬先生、出来た態度だと思います」 万太郎は敬服のお辞儀をして見せるのでありました。「しかしそんな花司馬先生にも、田依里さんは憚りなく接触してきたと云うのは、勘繰ってみれば何か威治宗家とは違った、田依里さん独自の思惑でもあっての事なのでしょうかね?」 「さあ、その辺は今の段階では何とも云えませんが、田依里氏の態度や会話する物腰からは、何やらの胡乱な魂胆なんかを秘めているようには見受けられませんでしたね。寧ろ如何にもこちらに敬意を表していると云う風に、全般として自分には感じられました」 花司馬教士も田依里筆頭師範を全く悪くは云わないのでありました。寄敷範士になると、花司馬教士以上に田依里筆頭師範に好意的な印象を持ったようでありました。 「あの田依里と云う男は、なかなか人間が出来ているなあ」 寄敷範士は感心したような表情をするのでありました。「話しぶりも控え目で落ち着いていて好感が持てる。私に対してあくまでも風下に徹していた。横に座っていた堂下が如何にも心服している風だったのが、あの男の誠実な人柄の左証のようにも思えた」 「確かに僕も、威治宗家とは全く趣の違った人のように感じました」 万太郎は寄敷範士に頷いて見せるのでありました。 「何より、あの男はその威治に対する自分の評言を、一言も口にしないように注意しているところが好もしく見えたよ。屹度威治に対しては不満や云いたい愚痴も多々あろうと推測されるのだが、威治が宗家である事を最大限尊重して自戒しているのだろう」 「ああ確かに、そう云えばそんな感じを受けましたね、僕も」 万太郎はもう一度頷づいて見せるのでありました。 「こちらが、威治の下じゃあ色々やり難かろうとか、威治の勝手放題で支離滅裂で、単なる思いつきみたいな指示に一々従わなければならないのは、大層気骨が折れるだろうとか水を向けてみても、いえ、宗家には大事にして貰っていますとか、筆頭師範としての自分の立場を尊重していただいておりますとか、そんなようなあっさりとした返答をして、悪口の欠片も口の外に出そうとしなかったな。あれはなかなか見上げた心根だ」 「そうですね。かといって無闇に持ち上げるような事もおっしゃらないですし」 「そうそう。恬淡としていて、しかしどんな場合でも矩は決して越えず、と云った心がけだな。自分の属ずる組織の顔、或いは上位者に対しては、それがどんなに虫の好かない嫌なヤツだとしても、外に対しては常にああいう清々しい態度でありたいものだな」 寄敷範士は口の端に笑いを浮かべて、万太郎をジロリと睨むのでありました。 「押忍。僕も田依里さんみたいに在りたいと思います」 別に是路総士や寄敷範士、或いは鳥枝範士を陰でとやこう云っているわけではないのでありましたが、何となく万太郎はその寄敷範士の言で、その点お前はどうなのだと問われているように感じて、竟々たじろぎなんかを覚えて仕舞うのでありました。 (続)
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