「皆、どこへ消えたんだ?」
佑太が、そう言いながら、ポスターの前から境内の奥へ眼をやると、唐門を通って一人の老女が出て来るのが見えた。
淡い紫の着物に、象牙色の頭巾を被っている。 佑太には、七十は越えているように見えた。 老女は少し背を曲げ、歩幅は狭いが、意外にしっかりとした足取りで佑太たちの方へ近づいてきた。 老女が目の前に迫った時、佑太と杏子は思わず脇によけて道をあけた。 老女は傍を通り抜ける時、二人の存在に気づかないのか、一瞥もくれずに歩いていった。
「あの方……高台院じゃないかしら? ポスターの肖像画にそっくりだもの」
杏子が囁いた。
「そうかも……確かに、よく似てるね。 よしっ、あとを追ってみよう」
二人は、高台寺の台所坂を登って行く老女の背中を追いかけた。
老女は坂を登りつめたところで左に折れた。 二人は慌てて坂を駆けあがって行った。 登り切って左手を見たが、老女の姿はなかった。
「あの方、どこへ行かれたのかしら?」
「どこかな……ええ、そうだ、高台院が葬られたのはどこだったっけ?」
「それは、確か……霊屋のはずですけど」
「よし、そこだ、きっと。 そこへ行ってみよう」
二人は、人気のない参道から続く小ぶりな門をくぐった。 門のすぐ先にある寺の受付の中を覗くと、もぬけの殻で誰もいない。 二人はその脇を通り霊屋への道をたどった。
小さな茶室のような建物を左に見ながら、その横を通り抜けた時、池にかかる渡り廊下の真ん中あたりに老女の姿が見えた。
佑太は、老女の背中に声をかけようとした。 しかし、その前に、老女の姿はかき消すように見えなくなった。 二人は再び、霊屋を目指して歩いていった。 開山堂の中門を横目に見て石畳の階段を上ると、左手に霊屋が姿を現した。 見ると、霊屋の正面に先程の老女が立っている。
二人が近づくと、老女の方から声をかけてきた。
「貴方がたが来られるのを、待っておりました」
「高台院様でしょうか?」
杏子が訊いた。
「よく、お分かりになりましたね」
老女は、笑みを浮かべて答えた。
「ここでお待ちになっていたと言うことは……僕たちに、何か御用があったのではないですか?」
今度は佑太が訊いた。 すると、高台院は、その問いには答えず、しばらく二人の顔を比べるように見ていたが、一瞬天を仰ぎ、再び視線を二人に戻すと、やおら話し始めた。
続く
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