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もうじやのたわむれ 269

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 女性の声で、拙生の名前を呼ぶアナウンスが聞こえるのでありました。丁度アンケートを書き終えたところで、実にタイミング良く呼び出されるのでありました。  拙生はソファから立ち上がって、アナウンスの通りに三十五番審理室の扉を開くのでありました。今日は二回目の審理で極楽省の説明は要らないためか、手前の壁際の机には極楽省から出張してきているお地蔵さん、正確には極楽省地蔵局の石野地造氏の姿は見えないのでありました。拙生はこのお方は苦手なものだから、少し安堵するのでありました。 「おう、良う来たのお。待っておったぞい」  香露木閻魔大王官が片手を上げて、官服の長い袖を手繰りながら云うのでありました。 「ああどうも。宜しくお願い致します」  拙生は閻魔大王官の前まで歩きながら、浅いお辞儀をするのでありました。 「ええとお手前は、今日が二回目の審理じゃったわいのう」 「そうです。今日、生まれ変わり希望地を申告する事になっております」 「うんうん。ま、立った儘では何じゃから、椅子に座ってリラックスして話そうかいの」  閻魔大王官はそう云って、拙生に文机の前に置いてある椅子に座れと促すのでありました。拙生は一礼してからその椅子に腰を下ろすのでありました。 「長く待つのかと思っていましたが、案外早く私の順番が回ってきて良かったです」 「ま、閻魔庁の事務処理は迅速を旨としておるでのう」  閻魔大王官は顎髭を手で梳きながら数度頷くのでありました。「ところでお手前が手に持っておる紙は、それは宿泊施設のアンケート用紙かいの?」  そう云われて、拙生は自分の持っているアンケート用紙を見るのでありました。扉を入ったすぐのところにあると云う、アンケート回収箱に入れ忘れていたのでありました。 「ああ、箱に入れ忘れて、迂闊にもここまで持ってきて仕舞いました」  拙生が後ろをふり返って椅子から立ち上がり扉の方に戻ろうとすると、閻魔大王官の後ろに控えている補佐官筆頭が拙生に声をかけるのでありました。 「ああ、態々お戻りにならなくとも結構ですよ。私の方で入れておきましょう」  補佐官筆頭は親切にもそう云って拙生の傍に来て、拙生からアンケート用紙とサインペンを受け取ると、道服の裾を翻しながら軽快な物腰で扉の方まで行って、アンケート用紙を回収箱に入れ、サインペンをペン立てに立てるのでありました。 「ああどうも。私が間抜けなもので、余計な手間をおかけして申しわけありません」  拙生は立ち上がって、戻って来た補佐官筆頭に我が横着を謝るのでありました。 「いえ、とんでもない。どうぞ座ってお楽にしてください」  補佐官筆頭は愛想良く云いながら、元の閻魔大王官の後ろに戻るのでありました。「ところで、アンケート用紙の他に、お土産品は何も持ってこられなかったのでしょうか?」  補佐官筆頭は戻った位置から拙生に訊ねるのでありました。 「ええ、何も」  拙生は掌を上にして両手を前に出して、何も持っていない事を示すのでありました。 「思い悩みの三日間中、散歩とか観光とかに出かけられたのでしょうに?」 (続)


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