<シモン・ペトロが答えた。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉をもっておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」 (68.69節)> 主イエスの言われることが分からない。自分たちの思っていたお方とはどうやら違うみたいだ。主イエスを取り巻いていた大勢の人々は一人去り二人去りして、12人の弟子たちだけがそこに残った。「あなた方も離れていきたいか」と主イエスは彼らに問われた。 「あなたは命の言葉を持たれ、神の聖者であると信じます。ただやみくもに信じているのではありません。私たちはそのことを弁えています。あなたは神によって聖別されたお方であり、私たちを神のものとして聖めて下さるお方です。ですから、あなた以外のどこに行くことができるでしょうか。他のどこに真実に生きることができるでしょうか。」ぺトロの信仰告白に傳牧師が言葉を加えられる。 今日の家庭集会は、パウロがアテネのアレオパゴスで説教をする個所(使徒言行録17章)だった。アテネはBC3000年ころから人々が定住し、BC440年ころまでには、ギリシャの中心地、地中海世界屈指の文化都市となっていた。アテネに入ったパウロは「この町の至る所に偶像があるのを見て憤慨した。」と聖書は記している。 それで、パウロは会堂ではユダヤ人や神をあがめる人々と論じ、また広場では居合わせた人々と毎日論じ合っていた。パウロは主イエスと復活について福音を彼らに告げ知らせていた。しかし、彼らの中にはパウロの話を「このおしゃべりは、何を言いたいのだろうか」とか「彼は外国の神々の宣伝をするらしい」という者もいた。 けれども、興味を持つ者もいたらしく、パウロを有力者が集まるアレオパゴスに連れて行った。そして「あなたが説いているこの新しい教えがどんなものか、知らせてもらえないか。奇妙なことを私たちに聞かせているが、それがどんなものか知りたいのだ」と言った。 ギリシャに行った時日本人ガイドが、ギリシャの人たちは昔から労働するより議論が好きです。大昔、多くの奴隷に肉体労働はもちろん、家庭教師、執事などの仕事もさせ、自分たちは哲学や文化を論じて終日過ごしていましたからと説明していた。 自分たちの考えと全く違うパウロの福音を、彼らは新しい情報として喜んで初めは聞いていたが、「・・・神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」というパウロの言葉に、ある者はあざ笑い、ある者は「いずれまた・・・」と言った。 主イエスのみ言葉について行けなかった大勢の人々同様、ギリシャの知性アレオパゴスの人々もパウロの福音を受け止めることはできなかった。 それでは、今ここにいる私たちは「死からの復活」を信じているだろうか。Tさんが言われた。牧師は「主イエスの死と復活は信じています。それですから、私たちに希望があります。」と答えられた。
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