「まあ、曲がりなりにも、と云う云い方は威治君に失礼かも知れんが、そうやって常勝流とは全くの別物として自立した事になろうから、我々としては今後の興堂流の展開を見守るしかないな。興堂流が新しい武道として立派に立つ事が出来れば、地下の道分さんも、色々複雑な表情ではあろうけれど、そんなに不機嫌な顔色はしないだろう」 是路総士がそう云って猪口の酒を干すのでありました。 「いやあ、屹度苦虫を噛み潰したような表情をされている事でしょう。総士先生は温厚に今後の興堂流の推移を見守ると云われますが、常勝流の本道から見れば邪道に走ったとしか見えません。道分先生は興堂派がそうなる事を望まれてはいなかったでしょう」 鳥枝範士は辛口に徹するのでありました。確かにこの場に在る者総ては、実は是路総士をも含めて、興堂流の未来に肯定的な臆断をする者は一人も居ないのでありました。 道場の休みである月曜日の昼に、花司馬教士の長男坊である剣士郎君の誕生日祝いをするのでと、万太郎とあゆみは花司馬教士の家に呼ばれるのでありました。総本部では稽古に狎れが持ちこまれる事を避けるために、門人同士が必要以上に個人的に親しくする事を慎む風習があるのでありましたが、堅苦しいばかりではなく偶に睦むのは構わんだろうと云う是路総士の許諾もあったので、万太郎とあゆみは揃って出かけるのでありました。 花司馬教士の家は道場から歩いて数分の、四階建ての和室二間とダイニングキッチンと云う間取りのアパートで、仙川駅を挟んで道場とは反対側の甲州街道に面した一角にあるのでありました。万太郎とあゆみは並んで、万太郎が剣士郎君の誕生祝である子供用の稽古着を持って、駅前商店街から続く線路を跨ぐ橋の上をゆるゆる歩くのでありました。 「剣ちゃんはすっかり、道場の準内弟子連中に懐いていますよね」 万太郎は横のあゆみに話しかけるのでありました。 「そうね。その中でも一番のお気に入りはジョージみたいよ。ジョージが剣ちゃんに日本語を教えて貰っているんだって」 「ジョージの日本語は幼稚園生よりは達者な筈ですが?」 「ま、そうやって剣ちゃんと遊ぶのよ。剣ちゃんはジョージに先生と呼ばれるのが満更でもないみたい。ジョージの日本語のお師匠さんと云うわけよ」 「ああ、それでこの前剣ちゃんにバイバイとか云われて押忍なんて返事していたんだ」 「ジョージはなかなか子供の扱いが上手いわよ。その点山田君なんかは、冗談で剣ちゃんをからかったり弄ったりするから少し嫌われているの」 「剣ちゃんはあゆみさんにも随分懐いているでしょう?」 そう云うとあゆみは横を歩く万太郎に顔を向けるのでありました。 「そうね。でもあたしみたいにただ可愛がるよりは、剣ちゃんとしては少し手荒く扱われるのが好きみたいよ。そこは矢張り男の子よね」 「そうですかね。僕が剣ちゃんなら、来間や山田に手荒く扱われるよりも、あゆみさんに大いに可愛がられる方が余程嬉しいですがね」 万太郎はしれっとそんな事を云うのでありました。 (続)
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