<彼のように全くモーセの律法に従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主に立ち帰った王は、彼の前にはなかった。彼の後にも、彼のような王が立つことはなかった。(25節)>
「主に立ち帰るということにおきまして、ヨシヤは最高の王でありました。彼は主なる神のためにすべてを尽くしました。尽くすというのは「他に無い」ということでもあります。ひれ伏すべき対象が他に無く、ただ主なる神だけにひれ伏すということであります。」と鎌田牧師は書き出される。
ヨシヤの改革は、かつてはイスラエルの首都であったが、今は異教の人々が住むサマリアにまで及んだ。北イスラエル最初の王ヤロブアムが造った聖なる高台を取り壊し、高台の祭司たちを一人残らず祭壇の上で殺し、その骨をそこで焼き、エルサレムに帰った。
帰国した王はすべての民に「この契約の書に記されているとおり、あなたたちの神、主の過越祭を祝え」と命じた。
出エジプト12章「あなたたちはこの事を、あなたの子孫のための定めとして、永遠に守らねばならない。また、主が約束されたとおりあなたたちに与えられる土地に入った時、この儀式を守らなければならない。…これが主の過越しの犠牲である。…」
けれども、「士師たちがイスラエルを治めていた時代(1250~1030年)からこの方、イスラエルの王、ユダの王の時代を通じてこのような過越際が祝われることはなかった。」と聖書は記す。偉大な王ダビデも、賢者ソロモン王も全く過越際を知ることはなかった事になる。
しかし、このようなヨシヤの義しさに満ちた改革によっても、やがてきたるべき審判を避けさせることは出来なかった。「わたしはイスラエルを退けたようにユダもわたしの前から退け、わたしが選んだこの都エルサレムも、わたしの名を置くと言ったこの神殿もわたしは忌み嫌う。」と主は言われた。
主の宣告は取り消されない。しかしわずかな期待を抱く従順さが、悔い改めが、赦しをもたらすものではないか。ソロモンの敬虔な祈り、ヒゼキヤ王の病からの回復と敵国の敗走を見たではないかと思ってしまう。けれども、その期待はヨシヤ王の死によって完全に絶たれてしまう。
アッシリアに向かって攻め上って来たエジプト軍を迎え撃とうとして、出陣したヨシヤ王はエジプト王によって殺されてしまった。39歳であった。遺体は家臣によって墓に葬られ、民は彼の子ヨアハズを選んで油を注ぎ、王とした。
22章でヨシヤ王は「あなたは安らかに息を引き取る」と主から告げられていたから決して剣に倒れることなく、長寿を全うするのかと思っていたので気の毒に思ってしまうが、これから登場する王の惨憺な死を思うと、墓に葬られた彼は「安らかに」死を迎えたことになるのだろう。
「義が成功を、悔い改めが赦しを導くという主張が決定的に否定され、ダビデとエルサレムに対する神の恵みの約束もすべて取り消されるのである。」と解説書は記している。
日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。
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