「そうか、じゃあ、僕の手伝いも続けてくれんの?」
「もちろん、そうさせていただきます」
杏子は答えた。家柄なのか、育った環境や躾のためか、杏子のもの言いは、結婚前と同様、ていねいなままである。 結婚前、付き合い始めたころは、佑太は、杏子の上品なもの言いに、ときどき、くすぐったく感じることもあったが、最近では、すっかり慣れてしまっていた。
午後六時半少し前に佑太と杏子がフロントロビーに降りると、唐沢夫婦の顔が見えた。
「やあ、唐沢さん、よく来てくれましたね。 お二人で寛いでおられるところを邪魔するのもどうかと思ったのですが……」
佑太は唐沢に言った。
「とんでもないですよ。 誘っていただいて、光栄です」
唐沢がそう言うと、隣の美香が頭を下げた。
「じゃあ、レストランへ行きましょうか、席は予約していますので。 フレンチですが、よろしいですか?」
「私どもは何でも大丈夫です。 女房の方はアルコールは控えておりますので、それだけはご容赦ください」
唐沢は妻のお腹の子供のことを気遣っていた。
「もちろん、分かってますよ。 僕も少ししか飲みませんから」
佑太は答えた。 彼は酒が入ると羽目を外してしまう。 日頃は無口な方であるが、酔うと口数が増え、思い切った発言が多くなる。 行動も大胆になる。 飲み屋ではカウンターの向こうへ入り込んでしまいバーテンダーのまねごとをしてしまうこともあった。
独身の時はそれも許されると思っていたが、結婚後は、杏子の目があり、自粛していた。 所帯を持って窮屈になったことの一つである。
四人がレストランに入ると、一番奥の席に案内された。 席の周りには衝立が立てられて、そこは個室のようになっていた。
席に着くと、佑太が唐沢に訊いた。
「如何です、京都は?」
「快適です。何しろ、どこ行っても桜がきれいで……」
「じゃあ、あちこち見て回られたんですね」
佑太は訊いた。
「いや、あちこちと言う程ではないです。 今日は、最初に醍醐寺に行ってみましたが、あそこは庭がりっぱで……それに、太閤が花見に使ったとかいう杣(そま)道(みち)も歩いてみました。 そのあと、龍安寺の石庭をみて……最後に仁和寺に行きました。 今日はそこで打ち止めです。 何しろ、どのお寺も立派で敷地が広大ですから、三か所を回るのが精一杯でしたよ」
唐沢は上機嫌で喋ったが、オードブルがテーブルに並んだところでシャンパンが来た。
「じゃあ、乾杯しましょうか」
「はい」
佑太の音頭で乾杯をすると、しばらくは当たり障りのない話題の会話を四人は交わしていたが、杏子が話題を変えた。
続く
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