唐沢の夢の話を聞き終わった時、美香の表情は明るくなっていた。 「へえ、そんな夢だったの。 夢でまでご利益があるなんて、このお守り、すごいじゃん。 私さ、なんか、怨霊なんて怖くなくなったような気がする。サンキュー、信吾」 「なあに、お伊勢さんのお力さ。 ところで、今日じゃなかったっけ、安藤先生と奥様が、こっちに着かれんのは」 「ええ、そうそう、今日だよ。 お泊りは、確か、西都キャピタルホテルだったはず。 あっ、それって、例のホテルじゃん。 京都ではチョー豪華ホテルだけどさ。 安藤先生、京都に着かれたら、信吾に連絡くれるんでしょう?」 「うん、確かに、そうはおっしゃってたけど、俺みたいなもんにな、まじで連絡してくれるのかどうか……」 唐沢は自信なさげに言ったが、それは取り越し苦労だった。 朝食を済ませたあと、朝刊に目を通している時に唐沢のケータイが鳴った。 出ると、安藤佑太からだった。 安藤は、すでに鳥羽から近鉄特急で京都に向かっていて、昼前には到着する予定で、夕食をご馳走したいので、夕方の六時半に西都キャピタルホテルのロビーに美香と一緒に来てくれないかと唐沢を誘った。 唐沢は快諾した。 第一章 西都キャピタルホテルに新婚と思える見栄えの良いカップルが入ってきた。 男は三十を少し越えた位の歳かっこうの、百八十センチを越える長身の端正な男らしい顔立ちで、立ち居振る舞いは颯爽としている。 女の方は、歳は二十代半ば過ぎ、身長は百六十四、五センチくらいのスラリとした体形で、かなりの美貌であるが、知性がそれを包んで上品な美しさを醸し出していた。 男は安藤佑太(ゆうた)、女は妻の杏子(きょうこ)である。 安藤佑太は、帝都大学出身の医師で、勤務医をしながら帝都警視庁の嘱託医を兼務していた。 彼の父は元警察官僚で、警察庁長官を務めた人物である。 双子の兄は帝都地検の検事を務め、佑太はエリート一族の御曹司である。 一方、妻の杏子は、旧華族の安田財閥の当主の末娘で、武芸の心得まである、今時珍しく古風なお嬢様育ちの女性である。 夫の佑太と同じ帝都大学医学部出身だが、今は、医科学研究所で大学院生として研究にいそしんでいた。 西都キャピタルホテルは杏子の実家、安田家が筆頭株主で、しかも杏子の兄のひとりが経営に参画していた。 そのため、佑太は新婚旅行先の京都の宿に、そのホテルを選ばざるを得なかったのである。 ホテルフロントでチェックインした時、佑太は部屋が変更されていることを知った。 彼はデラックスツインの部屋を予約したつもりだったのだが、通されたのはスイートの豪華な部屋だった。 案内係に訊くと、上からの指示だと言う。 佑太は安田の義父の差し金だと察した。 続く
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