『彼岸からの言葉』 宮沢章夫 著 だれも目を向けないような日常生活のニッチな部分に 鋭く目をつけ執拗に追及する、ちょっぴり変わったエッセイ集。 私はおそらく、この作品群を2~3回読んでいる。 というのはたしか20代初めのころ、このあたりのエッセイが連載されている 『月刊カドカワ』を熟読していたのだ。 今のように、ミュージシャンの総特集をやるような雑誌ではなかった。 当時は若者向けの文芸誌として、相当に読みでのある雑誌であり、 執筆陣も、覚えている限りでは山田詠美、鷺沢萠、岸元葉子、群ようこ、 坂本龍一など、かなり豪華なメンバーだったと記憶している。 というわけで連載時に一度読み、 その後文庫化された時にも読んでいる、ような気がする。 自宅にあるのかどうか定かではないため(調べるのもひと仕事だ)、 復刊された文庫を買って、また読んだ。 今回読んでみて、「この話、覚えてる!」という エピソードがいくつかあったことにかなり驚いた。 なかでも印象駅なのは渋谷で待ち合わせをするという話で、 「セピアの庭で」という 店で待ち合わせをすると、ちょっと恥ずかしいというものだ。 喫茶店の名前はどうしてあんなにふざけているものが多いのだろう、という 半分ボヤキのような考察が若いころの自分のツボにはまったのだが、 再読してもやはり面白かったというのがまたすごい。 どんな些細な出来事や人物でも、その特徴をがっちりとらえ、 何倍にでも拡大して描写するところに、著者の観察眼が効いている。 思えばこの本で宮沢章夫を知り、その後もわりと途切れなく読んでいる。 エッセイはいうまでもなく、小説も秀逸だ。 『サーチエンジン・システムクラッシュ』が衝撃的に面白かった。 脚本と演出を手がけた芝居「トーキョー/不在/ハムレット」(2005)は、 私が今まで観た中でも最高位にランクしている。 およそ3時間休憩なしという尺の長い芝居を、 一瞬たりとも飽きずに観たのなんて初めてだった。 文章の好みは年を取ると多少は変化するものだが、 変わらず面白く読めるものも時折ある。 その多くはやはりロングセラーや古典だが、 同時代的に読んできたものでそういう体験をするのは少し珍しい。 そうした意味で宮沢章夫は、今後のスタンダードとなりうる 著者なのかもしれない、とふと思った。
↧