著者は哲学者である。哲学者である著者はいう。「生活と哲学は相反するところがある」。 なぜなら、「哲学の問いは基本的に 『私は何をしているのか』 という形をと」り、「ある活動をしているとき、その活動について考えることを 『メタ』 と言う」が、「メタ的な態度に入」り、「哲学的思考が始まると」、「活動をいったん停止し」「生活を中断しなければならない」からである。 そんなわけで、「哲学を重視する人は生活を軽視する」ことになる。逆をいえば、生活を重視する人は、哲学を軽視することになる。オートマティカルに生活に流されて考えることをしない。こんにちは「考えさせない時代」である。たまには生活を中断し、立ち止まり、自分の日々を「哲学してみるのはよいことだ」。 だけど、どうやって哲学する? 哲学者であると同時に生活者でもある著者は、自分の生活を中断してその意味について考え、さらには、生活の意味を考える意味について考え、メタメタになる。そんな自分をさらすことで、「考えさせない時代」に生きる生活者たちに、「時代に抗して」、「日々」の生活を哲学する方法を示している。 前半は新聞に掲載されたコラムで、見開き2ページで50回分。毎日読んで考えるのはいいように思う。なによりも、著者のユーモアがすばらしい。これもまた、メタ的態度で自分を客観視する才から発するものにちがいない。「まいにち、修造! 」なる日めくりがはやっているようだが、当方は、コチラをめくって 「まいにち、茂樹! 」 を決め込みたい。
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