幕末はあまり詳しくないので、何か基本書でもと思ってこの本を読んでみました。岩波なので基本日本には厳しいかと思っていたら、幕末の外交がかなり高く評価されていることに驚きます。日本はオランダからペリーの情報を手に入れていたので「太平の眠り」から黒船で覚まされたのではないし、ペリーの恫喝に対しても冷静に、したたかに立ち回っていました。 たとえばペリーは「日本高官」に直に大統領書簡を渡すと言っていますが、これに対して江戸の与力は国には「その国の法」があると応じ、これを犯すことはできないと言います。これは与力中島が近代交際法を知っていてその知識により対処したのですが、中国で開明派官僚の林則徐がイギリス代表に言ったことと同じです。幕府は決してペリーに屈したのではなく、あくまで「小国」である日本の実力を冷静に見つめ、その中でできるだけのことをしたのです。 しかしこの幕府の現実路線を朝廷は認めようとしません。特に孝明帝は頑固で、しきりに幕府に攘夷実行を迫り日本が「黒土」になっても夷狄と戦うなどと言い出します。それでいて攘夷派が過激化すると今度はそれにも腹を立てています。自分で攘夷を煽っていたのにどうにも困った人だなという印象しかありません。実際幕末の雄藩では広く交易を行っていたので開国が必要であることは皆理解していて、孝明帝の攘夷など書生論に過ぎないと考えられていました。鷹司政通のような開国派公家の意見を取り入れる柔軟さを帝が持っていれば、あるいは倒幕などなかったのではないかと思わずにいられません。 花燃ゆではこれから高杉が奇兵隊で活躍すると思われますが、百姓や被差別民ですら参加することのできた奇兵隊も民衆に対しては抑圧的であり、必ずしも理想の軍隊ではなかったことも示されます。被差別民が隊内で手打ちにされることもあったようで、その生活は相変わらず厳しいものでした。 硬い概説書なので幕末の志士が活き活きと活躍する様子を期待すると当てが外れてしまうと思いますが、幕末の外交については学ぶ点が多く、幕臣には賢い人物が多かったことがわかります。阿部正弘の開明性が高く評価されているだけに、37歳での早世は惜しまれます。阿部がもっと長生きし、孝明帝がもっと柔軟性があれば雄藩との協調路線で幕府を中心とした近代国家ができていたのではないかというシナリオすら想像させます。
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