葬儀を主宰する主体となるのがダレであるかを古代中世近世現代とその事例を示しつつたどる、それだけの内容のように思って読み始めましたが、もっとスケールの大きな書籍です。「(日本)民俗学」への懸念や誤解を解き、その定義をし直し、その方法論と視点に立って「葬儀の主体とその変遷」を示しています。
著者自身、「本書は日本民俗学の視点と方法によるアプローチである」と述べるとおり、事実、本書ソノモノが、著者の主張する本来あるべき日本民俗学の研究の有り様、成果を示すもので、後進たちへ手本ともいえそうです。
著者は、民俗学はフォークロアではない。フォークロアと称する学術分野は国際的に存在しない。文化人類学、社会学に隣接するがそれらとも異なり、トラディショノロジーと称すべきと主張します。
著者は「日本の民俗学」について「柳田國男が折口信夫の理解と協力を得て創生した」ものと述べ、「それはフォークロアやフォルクスクンデの翻訳学問などではなく、もちろん文化人類学の一分野でもな」く、「それは日本民俗学の創生史を追跡してみれば明らかで」「文化人類学のアンチテーゼが西洋哲学であるのに対して、柳田の創始した日本民俗学のアンチテーゼは文献史学であ」り、「それは東京帝国大学を窓口として輸入された近代西欧科学の中には存在しない日本創生の学問である」と記し、その独創性として、「文献記録からだけでは明らかにならない膨大な歴史的事実」「の解明のために(は)民間伝承を有力な歴史情報として蒐集調査し分析する必要」性を主張したことを挙げ、その柳田が「みずからの学問を『民間伝承の学』と称した」ことを取り上げて、「トラディショノロジー(traditionology):伝承分析学」がふわわしいと論じています。
その特徴は「文献記録を中心にする歴史学の成果はもとより考古学の成果にも学びつつそれらの研究現場にも学際的に参加しながら、みずからの研究対象分野としての民俗伝承を中心として、伝承的な歴史事象を通史的に総合的に研究することをめざす点にある。その伝承分析学(日本民俗学)は『変遷論』と『伝承論』という2つの側面をもつのが特徴であり、基本的な方法は比較研究法である。日本各地の民俗伝承を歴史情報として読み解こうとする比較研究法である。変遷論の視点から明らかにしようとするのは、地域差や階層差などを含めた立体的な生活文化変遷史である。たとえば・・」とあります。
現地調査の記録からは著者の主張する「日本民俗学」研究の成果を、母親を亡くし葬送した著者の経験からは親しみを、3・11東日本大震災の記述からは文明論の広がりを感じつつ読了いたしました。
土地とは、極言すれば、「先祖の汗であり血であり肉であり骨である」といってもいい。
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-06-29
目次は・・・
天皇と火葬―2010年代のいま(葬儀と選択―厚葬と薄葬のはざまで〈天皇と火葬の選択/歴代天皇の葬法/3.11東日本大震災と遺体の扱い/「個人化」から「無縁化」へ/母親の死と葬送〉/土と人間―人は死ねば土へ帰る〈先祖から子孫へ/産土神の恵みと遺骨の埋納/両墓制と埋葬墓地/土壌に育まれた生活/土壌維持と施肥/農業の機械化と化学化・製造業の驚異的な伸び/有機農業という伝統力/民俗伝承の三波展開〉以下細目略)/葬送の民俗変遷史―血縁・地縁・無縁(日本民俗学は伝承分析学Traditionologyである/伝統的な葬儀とその担い手―1990年代の調査情報から/血縁から地縁へ)/葬送変化の現在史―ホール葬の威力:中国地方の中山間地農村の事例から(公営火葬場と葬祭ホールの開設/浄土真宗地域の講中と葬儀/日本民俗学の「伝承論」)/索引
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