「先輩、他に何かあるんですか?」
「実は、目撃者のカップルが、見たと言うんだ……あれを」
毛利は思わせぶりに言った。
「あれって、何です?」
「亡霊だよ、武者姿の」
「武者姿の亡霊、ですか?」
「そうだ。カップルの中の一人の女がな、福本が息をひきとったあと、北の方、つまり五条大橋の方を振り返ると、突然、風が川上の方から吹いてきて、血の匂いがしてな、三人の武者姿の男たちが見えたというんだ」
「何かの見間違いか、錯覚じゃないんですか? それに、血の匂いだったら、死んだ福本の血の匂いじゃないすか」
「いや、四人全員が、風に乗って血の匂いがして、そのあと亡霊を見たと言ってんだ。 ほらっ、あそこ辺りだ、亡霊が立っていたのは」
「きゃあ!」
美香が大声をあげて唐沢にしがみついていた。 唐沢はよろめいたが、なんとか踏みとどまった。 見ると美香の身体が小刻みに震えている。
「あのう、奥さん、どうかされましたか?」
毛利が不思議なものでも見るような顔で訊いた。
「私……」
「先輩、すみません、うちのやつ、幽霊とか、おばけとか、姿の見えないものが、苦手なんです」
「そうか、黒帯の女性も、掴みどころがないやつは、投げ飛ばせんからな、アッハッハハ」
「先輩、その亡霊って、この六条河原で処刑された武将なんでしょうか?」
「まっ、幽霊の格好からすれば、そういうことになるのだろうが、俺は信じてないぞ。 カップルの女が何かを亡霊と見間違って、他の三人は集団心理で、見たような気になったんじゃないか、俺は、そう思うけどな」
「先輩は、現実主義者っすからね。でも、私は、亡霊っていうのも、ある種のロマン、と言いますか……そんなのも、あり、じゃないかと……」
「そうだよな、お前は昔からロマンチストだからな、顔の割に」
「先輩、顔の割には、ないっしょ。 これでも、私は、結構、もてるんですから……」
唐沢はそう言ったあと、あわてて美香の顔を見た。
「お前と結婚してからはな……まじ、もてなくなってるよ」
「唐沢、お前、尻に敷かれてるな、ワッハッハハ」
毛利は笑いながら、唐沢と美香の顔を見比べていた。
二人の視線から逃れるように、唐沢はその場に座り込むと正面橋の方を睨んだ。
「おい、唐沢、お前、何やってんだ?」
毛利が訊いた。唐沢はしゃがんだままの姿勢で答えた。
「いや、こうしてると、もしかしたら、事件の状況がつかめるんじゃないかと思って……」
「そんなことできるわけないだろう、ボケーっとした顔で眺めていたってさ」
「いや、そうじゃないっす。私には分かんないんですが……ある先生には、分かるんですよ」
唐沢は、そう言うと立ち上がった。
「ある先生って、誰なんだ?」
毛利は唐澤の言葉に興味をそそられたようだった。
続く
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