(あらすじ)
このまま、君と、灰に。
人間と吸血鬼が、昼と夜を分け合う世界。山森頼雅は両親が営むコンビニを手伝う高校生。夕方を迎えると毎日、自分と同じ蓮大付属に通う少女が紅茶を買って いく。それを冷蔵庫の奥から確認するのが彼の日課になっていた。そんなある日、その少女、冴原綾萌と出会い、吸血鬼も自分たちと同じ、いわゆる普通の高校 生なのだと知る。普通に出会い、普通に惹かれ合う二人だが、夜の中で寄せ合う想いが彼らを悩ませていく……。夏の夜を焦がすラブストーリー。
感想は追記にて
(感想)
『耳刈ネルリ』の作者の最新作。読書メーターでも好評だったので、手を伸ばしてみたのですがこれが正解。所謂ライトノベル、っぽくない、どちらかと言った一般寄りの恋愛小説でしたが、なかなか素敵な物語に仕上がっていたと思います。
この物語ですが、かなり設定が面白い作品だなぁ、と読んでいて思いました。まず、タイトルが『ヴァンパイア・サマータイム』ですから、当然ヴァンパイアが出てきます。今回は、主人公である人間と恋に落ちるヒロインがヴァンパイアです。
ただ、ライトノベルでヴァンパイアが、特に主人公格にヴァンパイアが出る場合は、往々にしてバトルものになることが多いのではないかな、と思います。ヴァンパイアでラブコメ、といったものもありますが。そして、バトルものに寄りがちなためか、登場するヴァンパイアも真祖と呼ばれる存在だったり、それに近いような、強力な力を持っている存在であることが多いのかなぁ、と思っています。
しかし、この作品におけるヴァンパイアは、日に当たると灰になってしまうので太陽が出ている時間は活動できない、食事として血を吸う、というところはありますが、それ以外は人間と変わらない存在です。あとがきで「吸血鬼を特別なものにしたくなかったからである」(P.318)とありますが、その考えの通りに描かれています。
吸血鬼は昼間の人間を恐れている。日の光を浴びて活動できるなんて、何か異常な力をもっているにちがいないと信じているのだ。(P.76)
という表現なんか、この作品の個性を表しているようでおもしろいと思いました。人間がヴァンパイアを恐れる、と言う構図は一般的ですが、逆転の発想かな、と思います。
また、この作品がおもしろいと思ったのは、恋愛における新しい「壁」の創造でした。恋愛物語において、2人を引き裂こうとする障害はつきものでしょう。それは、距離であったり、年齢であったり、身分であったり。2人を引き裂こうとするものがあって、それを2人がどうやって乗り越えるか。乗り越えたところに、恋愛物語の感動が生まれます。
さて、ではこの物語で2人を引き裂こうとするものは何か、というと種族、ではなく、「時間」になります。ヴァンパイアであるヒロインは、太陽が出ている時間は行動できません。日が沈んでいる時間に学校に通い、太陽の出ている時間は家で過ごす。人間と正反対の生活をしています。そこにどうやって愛が生まれるか。どうやって愛を育んでいくか。それがこの物語の個性で有り、唯一無二のところだったと思います。主人公が夏休みに入ると、昼夜逆転の生活になる、というところはありましたが、「時間」を恋愛における壁として物語を生んだことは、大変興味深いものでした。そしてラストでそのことについてヒロインがメールにした言葉は、感慨深いものでした。
ヒロインをヴァンパイアにしたことでうまいなぁ、と感じたのは、ヒロインの恋愛感情の表現でした。「相手が好き。だから血を吸いたい」というのは、吸血鬼として当然の感情かも知れません。しかし、相手を求める表現としては、人間のそれより直接的な表現ではなく、しかしどこかエロチックな感じがします。「自分は相手が好きだから血を吸いたいのか。血を吸いたいから好きだと思っているのか」なんて悩みは、ヴァンパイアだからこその表現ですが、おもしろいと思いました。
そのほかに興味深い点では、「昼」「夜」という言葉の捉え方がありました。このものの見方は、ライトノベルに個性を出す上で武器になり得るものではないか、と感じました。
主人公は人間で、ヒロインはヴァンパイアですが、その2人は決して特別な存在ではありません。普通の男性と、普通の女性。ただ、活動している時間がずれているだけ。特別ではない2人が、特別ではない恋をする。だから物語は決して派手なものではありません。でも、普通の恋だからこそ感じる、青春の醍醐味があるように思います。だからこそ、あまりライトノベルっぽくない、と感じたのかも知れません。しかし、面白い作品でした。色々なところでおすすめしているのを見ることがありますが、私からもおすすめしたいと思います。