「プラグマティズムの作法」という書籍を読んだ。
そもそもプラグマティズムという言葉自体をよく知らない状態で読み始めたのだが、わかりやすく面白かった。
プラグマティズムというのは、和訳すると、「実用主義」、「道具主義」とされることが多いようである。このような字面からは、とにかく使えればいいや、という雰囲気を感じてしまう。個人的にはそういうものよりも、もっと抽象的な理屈の方が高尚なもののように感じてしまうのだが、実はそうじゃないのかな、という考えの転換になったのは影響として大きい。
本書で挙げているプラグマティズムの作法は大きく2つである。その1つ目はプラグマティズムの格率を示している。これはパースという人が提示したものらしく、そのままの文章はなんだか難解で意味がわかりにくいのだが、自分が理解した範疇でざっくり言うと、「ある概念について理解しようと思ったら、その概念がどんな効果をもたらすか考察すれば良い」ということかと思う。
その例として本書で挙げているのが「力」という概念である。我々が「力」という概念について理解しているのは、その効果を通してのみで、その効果を説明する以外に「力」を説明する方法はない。つまり、物体に対してその加速度を変化させる効果を与えるものが「力」である、ということなのである。逆にこのような効果が明確にできないものはその概念自体が無いようなもので、その例として「天使の羽根」が挙げられている。
「天使の羽根の枚数」を巡っては、神学の分野で論争が繰り広げられてきたそうなのだが、そもそも天使の羽根がどのような効果をもたらすのか、ということを考えてみると、なんら効果を与えることはないことがわかる。と言うことは「天使の羽根」という概念自体がそもそもないわけで、それについて議論すること自体がナンセンスだということになるのである。
本書に拠れば、ウィトゲンシュタインもまたプラグマティストである。彼の著作である論理哲学論考(以下「論考」は、語り得るものと語り得ないものの間に一つの境界線を引こうというものであると解釈できる。ここで論考の命題6.53を見ると、語りうるものとして例えば自然科学の命題が挙げられているのに対して、語り得ないものとしては形而上学的な事柄が挙げられている。形而上学的な事柄というのは例えば「天使の羽根」の様なことで、そのような語り得ぬものについては、ひとは沈黙せねばならないとしているのである。形而上学的な事柄は本来的に語りえぬことなのだから、これまでそれについて議論してきた(西洋)哲学は無意味だという事を示している。これは、先のプラグマティズムの格率と意味は同じであり、確かにウィトゲンシュタインはプラグマティストであると言えるのである。
プラグマティズムの格率というのはつまるところ、何かを考えるときはそれがどの様に役に立つのか考えてみることを提起している。考えていることが何の訳にも立たない(実生活上で効果をもたらさない)のであれば考える事自体が無駄であるということなのである。
このような観点から自分がやっていることを考えていくと、実はほとんど役に立たないということがままある。ある目的のためにやっていたことが、実はその目的の達成のためにはほとんど訳には立たず、他のアプローチを選んだほうが実用的ではないかということがあることに気づくのである。
この様に大きな目的のためにやっていたこと(小目的)があるとして、その小目的をやること自体が目的になることは「目的の転移」と言える。逆に目的の転移に気づき、もともとの大きな目的を達成するためにその手段を組み替えることを本書では「プラグマティズム転換」と呼んでいる。
このプラグマティズム転換を自分の例で考えてみる。
自分は6月からジムに通うようになった。目的はモテるために体を鍛えることにあったのだが、そのうちにジムに通う事自体が目的になってきてしまった。この状態が「目的の転移」である。
その状態に気づいて別のアプローチ(例えば女性が多い習い事に通うなど)を模索するようになるのが「プラグマティズム転換」と言える。
プラグマティズム転換というのは、その語感がもつ固い印象とは異なり、言っていることはけっこう単純なのである。とは言え、「目的の転移」はしばしば起こるものだし、これを「プラグマティズム転換」することはやはり重要なのである。特に目的の転移が企業レベルで起きていると大変なのであるが、実はけっこう多いのではないのかという気もしている。
「プラグマティズム転換」をプライベートで考えていくと、結局はいかにして善く生きるかというところに突き当たる。
ある本を読むことでどの様な効果があるのか、その飲み会に出ることでどんな効果が得られるのか、などと考えることはなんだか目的を重視し過ぎてちょっと受け入れがたい印象もあるのだが、時間が限られた人生である以上はこの様に考えることも必要なのかもしれない。この様に考えていくと、善く生きるために本当に必要なことに的が絞られて、シンプルで生きやすくなるのではないかという気もしている。
プラグマティズムの作法 ~閉塞感を打ち破る思考の習慣 (生きる技術! 叢書)
- 作者: 藤井 聡
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2012/04/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)