三国志関連の本で全面的にお勧めできる本はなかなかないのですが、この本は手放しでお勧めできる本です。内容は曹操の詳細な伝記ですが、曹操の祖父にあたる曹騰の時代から後漢の政治状況についての詳細な解説があり、曹操がどのように政治の表舞台に登場したのかがよくわかるようになっています。マイナーな人物も数多く登場し、出てくる人物に退位しても通俗的なイメージ通りに描かれている人は一人もいません。おそらくこれが本当の「三国志」なのだろうなと思わせる内容です。 曹操を最初に評価した人物といえば橋玄ですが、曹操の「猛政」はこの橋玄がモデルではないかと指摘されています。渡邉義浩さんがよく「儒将」として取り上げる橋玄なのですが、度遼将軍として異民族と対峙し、辺境統治にも活躍した橋玄は文武両道の名将で、確かに後の曹操を思わせる活躍を見せています。曹操は「超世の傑」と言われる程の才能の塊でしたがその曹操もゼロからでてきたわけではなく、見習うべき人物が存在していたのです。 そして意外なことですが、曹操に影響を与えた人物として霊帝が挙げられています。霊帝は横山光輝のマンガで「霊帝は盲帝であった」と言われるように、宦官に操られていただけの無能で気力に欠ける皇帝だと思われていますが、実際には賢く鋭気に富む人物だったようで、積極的に軍事・政治改革を行っています。霊帝は西園軍を新たに設置し、牧伯制を実施して行政改革を行いますが、このコンセプトを曹操が継承し、魏の都督制度に発展しているというのです。この点に着目しているのは石井さん以外にはいないのではないかと思います。 霊帝といえば、官職を売りに出したことが批判されていますが、その動機はひとつには軍事費の捻出のためだったのではないかということも指摘されています。歴史上の人物の評価は簡単にはいきません。これは後で書こうと思っていますが、絶対王政期のフランスでも売官制が存在していて、ブルボン朝の財政を支える重要な財源となっていました。霊帝を再評価するには現代の価値観からまず離れなくてはなりません。 全般的に硬い本で、三国志を全く知らない人が読むには難しい内容もありますが、曹操に関心のある人、史実の三国志が知りたい方にとっては多くの発見がある本だと思います。
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